10万打御礼企画夢
(ある雨の日に)
不思議な奴だと思った
ある雨の日に
ガチャ
屋上の扉を開けると青い空と緩い風が吹いた
俺は屋上への一歩を踏み出し、辺りを見渡して目的の人物を探した
「いた」
思わず声に出してしまったのは無意識で、俺はその人物を発見すると逸る気持ちを抑えながら足を進めた
「あれ、エースじゃん」
「よぅ」
その人物、ナナシは辺りにたくさんの椅子やベンチがあると言うのに敢えて人工芝が生えている場所に寝転がり空を見上げていた
俺に気づくとゆっくり目を開け綺麗に微笑む姿に胸が締め付けられた気がしたが、平静を保ちながらナナシの隣に胡座をかいて座った
「またサボり?」
「あんたもだろ」
「サボりじゃないよー。授業が面白くないだけ」
「何が違うんだよ」
ケラケラ笑いながら相変わらず訳の分からないことを言うナナシとの出会いは半年前のこの屋上で
俺は大学に入ったばっかで、たまたまサボって来た屋上の先客がナナシで、話を聞くと俺より二つ上で授業がつまらないとかでサボっていたらしい
大人しそうな顔して中々やるなぁ、とそれぐらいの気持ちだった
「シャンクス先生の授業でしょ?」
「何で分かったんだよ?」
「だって前にここに来たときそう言ってたから」
「そうだっけ?」
「シャンクス先生良い先生だと思うけどなぁ」
「良い先生ではあるが絡みがうざい」
「なるほどね」
「それは納得かも」と言って再びクスクス笑うナナシに俺も自然と笑みが漏れる
出会ってから半年
ほぼ毎日のようにこの屋上で会っている俺とナナシ
最初は不思議な奴だと思って、話してみたら面白い奴だと思い、半年経った今ではナナシを完全に女として意識していた
「さぁて、そろそろお昼の時間だね」
「そうだな」
暫く談笑していれば、徐に起きてそう言うナナシに俺も腹を抑えながら頷く
ナナシと一緒にいる時間は楽しくてあっという間で、大好きな昼飯の時間でさえ恨めしく感じる
「はぁーお腹空いた」
「今日は何食うか…」
空に腕を付きだし延びをしながら呟くナナシに、俺も食堂で何を食べようかと考えようとしたが、ナナシの後頭部についている草に気づき手を伸ばす
「草と仲良しだな」
「え?あ、付いてた?」
「盛大にな」
「あはは!取って取って」
ケラケラ笑いながら俺に背を向け草を取るように促すナナシに、俺は仕方ねぇな、と良いながらその顔はだらしなく緩んだまま腕を伸ばした
「取れたー?」
「もいちょい」
暫く無言で草を取っていたが、段々と変な気持ちになってきた
無防備に背を見せ、細い体に真っ白な肌にナナシの声が耳に届くと心臓がヤバイぐらい脈打った
「あんたさ…彼氏とかつくんねぇの?」
そして気づいたらそんなことを聞いていた
何聞いてんだ、と思いながらここで何か話さなければ自分を抑えられる自信がなかったのだ
「彼氏?んー…」
「…」
ナナシは相変わらず俺に背を向けたまま、空を見上げて眉間にシワを寄せたが、すぐに顔だけ振り向くと笑顔で口を開いた
「私、縛られるのって嫌いなの」
「え…」
ナナシは言い終わるとゆっくり立ち上がり、唖然とする俺を置いて屋上をあとにした
残された俺は暫く動くことが出来なかった
「(お前に望みはないってか?)」
午後の授業が終わり、俺は今までの間、ずっと屋上で言われたことの意味を考えていた
縛られるのが嫌い、だから彼氏いらないってことだとは思うが、直接的ではないぶん地味に痛い
「慎重にいかねぇとな」
諦めるにはまだ早いと自分に言い聞かせ、俺は下駄箱で靴に履き替え外に出た
「エース」
「ん?」
今日はマルコもサッチも委員会やらなんやらで遅くなるらしいし、真っ直ぐ帰ろうかと思っていた時に背後から聞こえた声に振り返れば、そこにはナナシの姿
「今帰り?」
「あ、あぁ。ナナシもか」
「うん」
肩掛け鞄を握りしめ笑みを浮かべるナナシに、やっぱり諦めるとか無理だ、と改めて痛感する
「どっち方面?」
「あっちだよ。エースは?」
「…俺もそっち」
「そっか。じゃ、また明日ね」
「お、おい!」
軽く手を振って俺の横を通りすぎようとするナナシの腕を思わずつかんで引き留めてしまった
つーか、この会話の流れで別々に帰るとかありえねぇだろ
「なに?」
「や、あのさ…」
「うん」
キョトンとして俺の目を見据えてくるナナシに、俺は一瞬言うのを躊躇ったが、すぐに意を決して口を開いた
「途中まで、一緒に帰ろうぜ」
「あ、うん!そうだね」
思いきって言った割りに呆気らかんと即答され、俺は一気に脱力した
「(何だってこんなに疲れんだよ)」
「エース何してるの?行くよ」
これだけのことにドッと来る疲労感だったが、ナナシがそう言って俺の腕を引いたことにより、そんな疲労感は一気に吹き飛んだ
「・・・」
「・・・」
帰り道
昼間のこともあり俺は何と会話をしていいかも分からず、ナナシも無言のまま、ただひたすらに歩いていた
しかし俺たちの間に流れる沈黙は決して気まずいものでもなく、ナナシに至ってはニコニコと笑みを浮かべながら俺の横を歩いていた
「そう言えばさ、エースは彼女いないの?」
「え?!」
突然、ナナシがそんなことを言うので、俺は思わず驚きの声を上げてナナシを凝視してしまった
「何驚いてるの?」
「あ、いや・・・急だったからな」
「ふふっ、変なの。エースだってお昼に急に聞いてきたじゃない」
「あ、あぁ・・・まぁ」
「で、いないの?」
「・・・いねぇよ」
「へぇ、もてそうなのにね。好きな子は?」
少し驚いたようにたずねてくるナナシに俺は思わずナナシから視線を外し、どう答えていいか分からずに視線を彷徨わせた
するとナナシはふふっと笑みを零すと「分かりやすなぁ、エースは」と言って再び正面を向いて歩き出した
「どんな子なの?」
「・・・変な奴」
「変な奴?ふーん。可愛い?」
「可愛い、と思う」
「そっかぁ・・・その子のこと、大好きなんだね」
「・・・」
笑みを絶やさず話し続けるナナシに、何だか張本人に報告しているのと同じようで、照れくさくて思わず黙ってしまった
お前のことだよ、と思いっきり言ってやりたかったが、昼間のこともあるし俺は口をグッと閉じて耐えた
ポツ
「あ、雨?」
「ん?」
頭を悩ませながら無言でいると、不意にナナシが空を見上げそう呟いたので、俺も同じように視線を向ければ、いつの間にかどんよりとした雲が空を覆っていた
ポツっと鼻の頭に落ちた水に、雨だということはすぐに分かったが生憎傘など持っていない
ザー
「わっ!」
小雨程度だろうと思っていれば、数秒後には勢いよく振り出した雨に俺もナナシも一気にびしょ濡れになり、俺は慌ててナナシの手を引いた
「こっちだ」
「え、あ、うん!」
そして近くにあったショウウィンドウの前の屋根のある小さなスペースにたどり着くと、濡れた髪をかきあげ空を見上げた
「雨降るなんて聞いてねぇよ」
「本当。天気予報では何も言ってなかったのにね」
どんより空から降る大粒の雨を見据えながら、俺たちは雨が止むまでそこで雨宿りをすることにした
「止みそうにないね」
「そう、だな・・・」
空を見上げながら一向に止む気配のない空にポツリとナナシが呟いたが、俺は今天気の心配を出来るほどの余裕が無かった
なぜなら、ナナシとここまで来る間に繋いだ手が未だに離れずにそのままになっていることに気づき、そこから俺の心臓はドクドクと早鐘を打ち余裕がなくなっていた
好きな女と手を繋いで、肩が触れそうなほど近くにいて、こんなの余裕が無くなるに決まっていた
「ナナシ、濡れるからもっとこっち寄れよ」
「あ、うん」
その言葉に嘘はなかったが、下心がなかったとはいえない
ナナシともっと近くにいたくて、俺は繋がれた手を引いて自分の方へナナシを寄せればナナシは何の抵抗も見せず俺の傍により、肩が触れた
「でも、一人じゃなくて良かった」
「え?」
触れ合った場所が熱くて、自分で言っておきながらドキドキと高鳴る心臓が苦しくてどうしようかと焦り、不意にそんなことを言うナナシに視線を向ければ、今まで空を見上げていたナナシがこちらを見て、優しく微笑んで口を開いた
「エースと一緒だから、雨宿りも楽しいよ」
その向けられた微笑と言葉に、俺の中の何かが外れた気がした
グイッ
「ん?」
そして気づいたら俺はナナシの腕を思いっきり引いて、自分の腕の中に閉じ込め力強く抱きしめていた
今までゴチャゴチャ考えていたこととか、我慢していた想いとか、そう言ったもんが爆発したみたいに体中が熱くなった
「もう、まわりくどいのは無しだ。俺は、お前が欲しい」
「好きだから」と続けギュッと力強く、だけどナナシが壊れてしまわないように抱きしめながら、俺は少し震える声で想いを伝えた
言ってしまった、縛られるのが嫌だと聞いていたにもかかわらず、俺は自分の想いをもう我慢することは出来なかった
「・・・エース」
「・・・」
暫くの沈黙の後、ザーザーと降りしきる雨音だけがその場に響き、俺の心臓は煩いぐらいドキドキと言っていて、ナナシに聞こえてるんじゃないかと思ったぐらいで、そんな中、ナナシはいつもと同じ声色で俺の名を呼んだ
途端にビクッと跳ねる肩に、自分で笑ってしまった
「あたしも、エースのことが好きだよ」
何て言葉が返ってくるのかと体が強張っていたが、ナナシのその言葉と背に回された腕に俺は目を大きく見開き、折角抱きしめ返されたと言うのにナナシの肩を押してその顔を覗きこんだ
「今、何て・・・?」
「だから、エースのことが好きって言ったの」
「・・・まじで?」
「まじで?」
「で、でも、縛られんのは嫌だって・・・」
「うん、今でも嫌よ」
「じゃあ何で・・・」
あっけらかんと答えるナナシに俺は一気に不安になった
俺とナナシの好きの意味が違ってるんじゃないかと思い、思わず眉間に皺が寄った
「だけど、エースになら別に縛られてもいいと思ったの」
しかし、またもやあっけらかんとそう言って笑うナナシに俺はまた目を見開く
「エースと一緒にいると飽きないし、楽しいし、幸せな気持ちになれるから」
「縛られてるって感覚にはならないのよ」と言っていつも通り笑うナナシに、何だか現実味がなくて俺は唖然とするしかなかった
だけど、ニコニコ笑う目の前の少女に、俺は我に返って思った
俺はとんでもねぇ女を好きになっちまったんだってことに
「ね、エース。雨が止んだらどこかいこうか」
「・・・あぁ、そうだな」
濡れた髪を耳にかけながらそう言うナナシに俺は笑みを作って肯定する
何事にも動じず、不思議な女で、今でも俺が一世一代の告白をしたというのに普段と変わらない調子のナナシに何だか悔しくて、俺はナナシの顎に手を添えて上を向かせた
「だけどその前に・・・」
「え・・・んっ・・・」
キョトンとするナナシの唇を奪えば、ナナシは大きく目を見開いた
「恋人らしいこと、しようじゃねぇか」
「・・・ふふっ」
軽く触れた唇が離れると、目を丸めたナナシは普段の笑みとは違う照れくさそうな微笑を浮かべていて、俺はそれを見てやっと想いが通じたんだって実感が沸いた
(さぁ、雨が止んだらどこへ行こうか)
end
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