10万打御礼企画夢
(目を奪われて)
クルクル変わる表情と
予想のつかない言動に
目を奪われて
「きゃあ!」
朝から船上に響くのは悲鳴にも似た声と、その後すぐに聞こえたガシャンと言う何かが割れた音に、朝飯を食っていた俺はその聞きなれた音に飯に埋まって寝ていた顔をあげ、またかとため息をついて立ち上がった
向かった先はもちろん音の主のところ
「今日は何やらかしたんだ?」
廊下の突き当たりで床に両手をつき、この世の終わりかのように一点を見つめているのは先程の声の主で、二番隊の俺の部下、ナナシだった
声をかけるとナナシは顔だけこちらに向け俺の顔を見た瞬間、その瞳から大量の涙を流しだした
「エースたいちょー」
「何だ、今日は泣くほど不味いことなのか?」
「はい〜」
涙を流したまま俺の問いかけに、ナナシは真っ直ぐ指を指すのでそちらを恐る恐る覗いた
「…こりゃ、オヤジの酒じゃねぇか」
「この壁に激突して…それで手からすり抜けてしまって…」
「…」
オヤジの酒が見るも無惨な姿で散らばっている光景に驚き、泣きながら説明するナナシに何のへんてつもない廊下の突き当たりで、なぜ壁にぶち当たるのか俺は疑問でならなかった
「まぁ、やっちまったもんは仕方ねぇ」
「うぅ」
ナナシはとてつもなく抜けている
いつも愛想良く笑い、何かしら楽しそうにしているのはいいのだが、何も無いところで突然こけたりつまずいたり、人を疑うことを知らないためどんな話も信じるし、何をやらせても必ず何かしら抜けている
「片付けてさっさとオヤジに謝りに行くぞ!」
「え!エース隊長も一緒に来てくれるんですか?」
「お前一人じゃ心配だからな」
「ありがとうございます」と、先程まで泣いていたのが嘘のように満面の笑みを浮かべるナナシを可愛いなと想いながら、その頭を優しく撫で片付けに入った
毎度のことに呆れながらも、最初は女版ルフィのようで仕方なく世話をしていたが、そのコロコロ変わる表情や笑顔に魅了されている自分も確かにいるわけで、結局はナナシのことを部下としてでも妹としてでもなく、一人の女として意識していると言う部分は否定できないのでこうして毎回自ら世話を焼いてしまう
「オヤジ、入るぞ」
船長室の前で、部屋の主に見合う大きさの扉を数回叩いて言えば、中から低い声で「入れ」と答えが帰ってきた
「正直に話せばオヤジも許してくれんだろ」
「は、はい…」
俺の背後でオロオロしていたナナシは、緊張した面持ちで一度頷くと、意を決して扉を開けた
「オヤジさん、すみませんでした!」
扉を開けてすぐ、ナナシは部屋に飛び込み土下座してそう叫んだ
「なんだぁ、藪から棒に」
「…実は」
突発的なその行動に、オヤジは驚き俺は呆れながらも先程の経緯を話した
「なるほどなぁ、事情はよく分かった」
「本当にごめんなさい」
俺の話を聞いてオヤジはナナシの行動に納得したように笑うと、申し訳なさそうに身を縮めるナナシを見てその頭に手を置いた
「オヤジさん?」
「おめぇが怪我をしなくて良かったじゃねぇか」
「!」
大きな手で、小さな頭を優しく撫でながらそう言うオヤジにナナシは目を見開き、そして勢い良くその足元に飛び付いた
「オヤジさーん!」
「おいおい、何を泣くことがあるってんだ?あほんだらが」
涙目で抱きついたナナシを見てオヤジは嬉しそうにグラララと笑ってまたその小さな頭を撫でた
さすがはオヤジだな、とその光景を見ていたが、何だか仲睦まじい二人の様子に何となく面白くない気持ちになる
つーか、オヤジに抱きつくなんて普通しねぇだろ
「ナナシ、用が済んだなら行くぞ!」
「あ、はい!オヤジさん本当にごめんなさい」
「グラララ、いつまでも気にされるとこっちが滅入るからさっさと忘れちまいな」
最後まで寛大なオヤジに感動と尊敬の眼差しを向けるナナシに、やっぱり俺は面白くなくて「邪魔したな、オヤジ」といつもより荒っぽく叫び、ナナシの首根っこをつかんで、部屋を後にした
「やっぱりオヤジさんは素敵な方ですね!」
「当たり前だろ」
「男の中の男とはまさにオヤジさんのこと!次は絶対粗相しないようにしなきゃ!」
「…」
オヤジの部屋を出て、それはそれは嬉しそうにオヤジをべた褒めするナナシに、俺はやっぱり気にくわなくて眉間に皺を寄せる
オヤジを褒められることは嬉しいが、例えオヤジであろうが好きな女が自分以外の男を褒めるのに良い気はしない
「あ、マルコ隊長!」
そんなことを考えながら、後ろを歩くナナシのオヤジ褒め話を聞きながら甲板横を通ると、甲板にいたマルコに気づいたナナシが満面の笑みを携えてそちらに駆けよって行ったので、俺は足を止めて心底嫌な顔をして一度軽く舌打ちをした
「マルコ隊長、聞いてください!」
「朝っぱらから何事だよい?」
「実はですね、さっきオヤジさんのお酒を割ってしまっ…」
興奮冷めやらぬまま、マルコの元に駆け寄りながら忙しなく話し出したナナシだったが、呆れたように問いかけるマルコを目前にして、いつものごとく何も無いところでつまづいた
「ばっ…」
その様子に今まで呆れたようにナナシを見ていたマルコも少し焦ったように手を伸ばし、ナナシを受け止めようとした
ドンッ
「ひゃっ」
しかし、そんなもん俺が許すわけもなく、マルコが抱き止める数秒前にナナシの前に立ちはだかると、ナナシの顔面が地面ではなく俺の胸に当たった
「す、すいません!」
ナナシは俺から素早く離れると、ぶつかった顔面を押さえながら謝るので、俺は呆れながらため息をつく
「だから、何で何もねぇとこでつまづけるんだよ」
「な、何ででしょう?」
呆れた気持ちと同時に、恥ずかしそうに顔面を押さえているナナシを見ると、そんなナナシさえも可愛くて守りたいと思っちまうから最早この気持ちは重症だ
「すいません〜」と言って目じりを下げながら申し訳なさそうに俯くナナシに、胸の内からこみ上げる想いに、俺は小さく息を吐いた
「お前は目が離せないな」
そして思わずこぼれ出た言葉にナナシは顔を上げ驚いたように俺を見るので、俺は自分がつい呟いた本音に慌てて口を手で覆った
「それじゃあ…ずっと見ててください」
何と言っていいか分からず少しの間沈黙が流れ、ジッと見つめられたかと思えば照れ臭そうに笑いながら呟いたナナシに、今度はこっちが目を見開く番で
「じゃ、俺の目の届かねぇとこに行くんじゃねぇぞ」
「はい!」
俺の言葉に嬉しそうに笑って頷くナナシに、俺の顔もきっとだらしない顔になってるんだろう
ドジで
抜けてて
誰にでも愛想が良くて
突拍子もないことをして
人を疑うことを知らないナナシ
そんなナナシから目を離せなくなったのはいつからかなんてもう覚えちゃいないけど
たぶん初めてナナシを見たときから、俺の目はナナシに奪われてたんだろう
(どうでもいいが、オヤジの話は何だったんだよい?)
(うをっ!マルコ、まだいたのか)
(それがですねー…)
end
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