あったかい


「あ、おかえりキルア!」
「ただいま。はー、部屋ん中あったけぇ」


北風がピューピューと冷たく、身を縮こませながら早足で外から帰ってきて、急いで部屋に入れば、暖房で暖まった空気が冷えた体をホワンと包み込み、エプロン姿のゴンが笑顔で出迎えてくれる。

ここが天国か、幸せすぎるだろ。
あとエプロン姿可愛いなオイ、胸の真ん中にでっかいリンゴのマークがあって…そんなの昨日は着てなかったのにどうしたんだ?
と、そのことを聞けば、『最近オレがご飯を作ることもあるんだよって手紙でミトさんに言ったら、今日宅配で送ってくれたんだ!』と答えるゴン。

ミトさんマジでグッジョブ!!
オレは心の中で大きくガッツポーズをした。


「…ん、なんか良い匂いする。今日の晩飯なに?」
「今日はね、お鍋だよ!」
「…鍋?」


うん!と元気良く返事をするゴンだが、オレは思わず首を傾げる。
アレだよな、鍋って料理とか作る時に使う、あのでっかいヤツだよな。
晩飯が鍋って、どういうことだ?
それとも『ナベ』って名前の食材でもあるのか?

なんて、たくさんの疑問符を頭に浮かべていたら、それに気付いたのか、ゴンがクスクスと小さく笑う。


「ふふっ、キルアも分からないよね。オレも最初聞いた時、何言ってんだろって思ったもん」
「わ、笑うなよ」
「ごめんごめんっ。実はこの前、珍しくハンゾーから連絡があってさ」
「ハンゾーから?」
「そうそう。それで、今キルアと一緒に住んでることを話して、二人でご飯も作ったりするんだよーって言ったら、そしたらとっておきの料理を教えてやるって言われて」
「それが、鍋?」
「そう、鍋!」


来て来て!とオレの手を引っ張ってリビングへと向かうゴンに、オレはされるがままに着いて行った。
テーブルの真ん中には、ガスコンロの上でグツグツと湯気を立てているでっかい鍋に、二人分の小さな小鉢。
鍋の中には、肉やら野菜やらがギッシリ詰まっている。
良い匂いの正体はこれか。


「これが、鍋っていうのか」
「そうそう!材料切って入れるだけだから、オレにも出来るかなって思ったんだけど…」
「スゲー美味そうだな」
「ほんと!?さ、食べよ食べよ!」


コートを脱いで、食卓に向かい合わせで座って。
ゴンは何だか張り切った様子で、オレの分と自分の分の鍋をよそってくれた。
なんか新婚さんみてぇだな、なんてアホみたいなことを心の中で思って、顔がにやけそうになるのを必死で堪える。

そして、


「「いただきます」」


声を合わせてそう言うと、パクリと一口。
その瞬間、ろくに冷まさないで口にしたもんだから、あまりの熱さに、二人揃って顔を真っ赤にしながらハフハフと熱を逃がした。


「あっひっひっ!」
「あっつぅ!…けど、んまい」


少し薄味な感じだけど、いろんな具材の出汁が染み込んでいて。
初めて食べたけど、めちゃくちゃ美味い。

そう素直にゴンに伝えれば、ゴンは目で見ても分かるくらいに、パァッと花が開いたような満面の笑顔を咲かせる。


「良かったぁ、美味しいって言ってもらえて」


えへへ、とくすぐったそうに笑うゴン。
あーもうくっそ、マジで可愛すぎんだろうがアホかコラ。
と、叫び出したくなる気持ちを抑えるように、食べていた鍋と一緒に言葉もグッと飲み込んだ。

実はこの前もゴンが晩飯を作ってくれたんだけど(その時はハンバーグ)、それがなかなか上手くいかなかったみたいで、表面は焦げちまうし、形は崩れてボロボロになっちまうしで、あんときゃあいつ、かなり凹んでたなぁ。
オレは焦げてようが形が変だろうが、ゴンが作ってくれるもんだったら毒が入ってたって喜んで食べるんだけど。

だけど、真面目なゴンのことだから、料理のこととかいろいろ調べたり、勉強したんだろうな。
ひょっとしてミトさんやハンゾーにも相談してたのかも。
今日エプロンを貰ったのも、ミトさんがゴンのこと応援するのに送ってくれたんじゃないかって。

そんでもって、オレが『美味い』って言うだけで、この笑顔。
本当にもう、愛しくて堪らないヤツだ。


「まだまだおかわりあるからね!」
「おう、ありがとな」
「キルアは何が好き?やっぱり肉?」
「オレは何でも、…つーか、さ」
「うん?」
「今までこうやって、ひとつの鍋を誰かとつつくなんてこと無かったから、それがスゲー嬉しいっつーか」
「!」


思わずポロッとそんなことを口走ってしまい、ハッと口籠る。

なに小っ恥ずかしいこと言ってんだオレ、今のは無しだ無し!
と、照れくさい気持ちを誤魔化すように、ガツガツと鍋を掻き込んだ。
が、鍋が熱々だということを忘れていた。


「ゲッホゲホ!!」
「ちょっ大丈夫キルア!?はいこれ水っ!」
「ぅんんっ、…サ、サンキュ」


たーっく、何やってんだか。
ゴンに貰った水を飲みながら、自分のアホさ加減に呆れる。

けど、全部本当のことだ、嘘はひとつも無い。
こんな風に笑い合いながら、食卓を囲んで、飯食って。
そうやって一緒に過ごせたのは、ゴンだけだから。


外から帰って来た時、部屋に明かりがついてる幸せ。
寒くて凍えていた所に、部屋の暖かさに包まれる幸せ。
『おかえり』って言ってもらえる幸せ。
ご飯を作ってもらえて、一緒に食べて、笑い合える幸せ。

誰よりも大好きなヤツが、隣に居てくれる幸せ。


こんなに幸せで、良いんだろうか。
何ならオレ、今なら死んでも後悔しないかも。

なんてことを思っていたら、ゴンが柔らかく微笑みながら、ポツリポツリと呟いた。



「オレだって、すっごく嬉しいよ」
「え…?」
「キルアが隣に居てくれて!」
「っ!」
「だって今、誰よりもキルアを幸せにしたいって思ったもん!」
「〜っ、」



まったく、こいつは。

このアホは。



「わわっ、キルア?」


オレはとうとう我慢が出来なくなり、ガタンと席を立つと、向かい側に居るゴンの元へ駆け寄り、その愛しい存在を抱き締める。
抱き締めたもんだから顔は見えないけど、突然のことにゴンはテンパっているのだろう、肩が飛び跳ねたし声も上擦っていた。
それでも構わず、オレはゴンを抱き締める両腕に力を込める。


「カッコ良すぎだっつーの、バーカ」
「え?な、何が?」
「〜っあのなぁ、」



オレはもうとっくに、幸せだってんだよ。


そう耳元で囁けば、腕の中のゴンが息を詰まらせたのが分かった。
ほのかに体温が上昇しているように感じるのは、きっと暖房のせいでも鍋のせいでもないだろう。

オレはゴンから少し体を離し、互いのおでことおでこをくっつける。
至近距離で見つめるゴンは、さっきまで着ていたあのエプロンのリンゴのマークみたいに、真っ赤に染まっていた。



「ふ、かわいー」
「もうっ、キルアのバカ」




なんて、可愛い悪態をつくゴン。

その唇を、オレは優しく自分のそれで塞いだのだった。




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