たまには女の子らしく

※ゴンが女体化してるのでご注意ください



それは、ビスケの何気無い一言から始まった。


「前々から思ってたんだけどさ、ゴンって化粧とかしないわけ?」


不意にそんなことを聞かれて、オレは思わず目を丸くさせる。
『化粧』という単語が自分とは縁の無い言葉というか、興味の無いことだったから、あんまり実感が湧かなくて。
化粧と言えば、くじら島に居た時は、よくミトさんがお店に出る時とか出かける時にしてたっけ。
と、そんなパッとしない反応をするオレを見て、ビスケは詰まらなそうに頬杖をつき、唇を尖らせた。


「こんな修行ばっかしてるけどさー?あんたも年頃の女の子よー?ちょっとくらいそういうことに興味持ったって良いんじゃないの?ただでさえ口調も男の子っぽいのに」
「そんなこと言われても…」


小さい頃から野山を駆け回って川を潜って毎日泥だらけになるまで走り回って遊んで生きてきたせいか、自分のことを女の子だと思ったことも無ければ、女の子らしくしようと思ったこともない。
それよりも修行している時間の方が楽しいし、たくさん修行した分、強くなったって実感出来る方が嬉しい。

それに、化粧なんてオレには似合わないもん。
化粧って大人の女の人がするものでしょ?
キルアなんていつも、人のこと子ども扱いするし。

そう思っていたら、


「キルアだって、いつもと違うゴンの姿を見たら、キュンキュンすること間違いないだわさ!」


と、ビスケが目をキラキラさせながら言うや否や、どこから取り出してきたのかテーブルにいくつもの可愛らしいポーチをズラッと並べて(ポーチは中身がギッシリなのかパンパンになってる)、あれよあれよという間に、置き鏡の前にオレのことを座らせる。
テキパキとセッティングし始めるビスケに、オレは着いていけずどうして良いか分からず、されるがままとなった。


「ちょっ、ビスケ…!?」
「いーい?今からあたしがあんたを女の子にしてあげる」
「なんっ、」
「それに、せっかく良い素材してるのに勿体無いもの!修行も大事だけど、今日1日だけはお休み!目一杯可愛くお化粧したげるから、たまにはキルアとデートでもして来なさいな」
「ええっ!?」
「ちなみにキルアには、駅前の噴水広場で待ってるように伝えてあるから」


ペロッと小悪魔っぽく舌を出しながらウインクするビスケに、オレは金魚みたいに口をパクパクさせてしまう。

どうりでキルアってば、朝から何だかソワソワしてたし、行き先も言わずに出掛けちゃうから、変だなぁとは思ったけど…ビスケが仕組んでたことだったのか。
恋人同士になってからも、何せ修行ばっかりの毎日で、恋人らしいことも何にもしてなかったから、キルアとデートするってだけでも凄く緊張するのに、それも化粧姿で行くなんて。


「むっ、無理だよビスケ!絶対絶対変になるに決まってる!!」
「なぁに、あたしの腕じゃ不安だっての?」
「ちがっ、そうじゃなくてっ」
「そこまで言われちゃあこっちとしても引き下がれないわね…あたしとクッキィちゃんのスペシャルコンビ、見せてあげるわさっ!」
「話を聞いてぇ〜〜〜〜っ!!」


そんなこんなで、燃えたぎるビスケを止められる訳もなく。

ビスケの変身計画(?)は実行されてしまった。





* * *






「おせぇなーゴンのやつ」


昨日寝る前、ビスケにこっそり耳打ちされたこと。


『明日の朝11時に駅前の噴水広場に行きなさい』
『はぁ?なんで』
『ゴンとデートするセッティングしてやろうっつってんだわよ』
『!!』


ビスケの野郎、余計なことしやがって。
と思いながらも、昨日はなかなか寝付けなかったし、珍しく朝は早起きしちまったし、ゴンの顔を見る度にソワソワしちまったし。
けどゴンの顔を見る限りいつもと変わんない感じだったから、ビスケは昨日オレにだけ耳打ちしたんだろう。

いや、もしかしたら全部ビスケの策略で、本当はゴンとのデートなんて全く計画してなんかなくて、まんまと罠にハマったオレのことをどっかでニヤニヤしながら見てんじゃねーか?
ゴンが待ち合わせに遅れるなんて、今までに無かったし。
あり得る、あの性悪ババアだったら。

なんて、若干疑心暗鬼になっていたら、



「ごめんキルアッ、遅くなっちゃって…っ!」



そう、聞き慣れた声が聞こえてきて。

瞬間、オレはバッと声のした方へ振り向いた。


…そして、


「っ、ゴ、ン…?」


振り向いた先、こちらへと走って向かってきている人物を見て、オレは思わず呼吸をするのを忘れてしまう。
というか、頭が真っ白になってしまう。

あー、あれ、あれだ。
オレは確かビスケに言われてゴンとデートする気満々で今日ここまでやって来たんだったよな。
現に今、いつもの聞き慣れたゴンの可愛い声が耳に入ってきたし、その大好きな声音をオレが聞き間違えるはずもねぇ、それははっきりと胸を張って言える。


だけども、と。
思わず何度も瞬きをして、二度見する。

今、目の前に居るのは、本当にゴンなのかと。



「ゴン、おま、その格好…」
「ビスケが、たまには女の子らしくしなさいって、化粧してくれて、服も貸してくれたんだ」


『こんなの似合わないよね』と困ったように眉尻を下げながらアハハと苦笑いを浮かべるゴンに、オレは息を詰まらせた。
どんなに化粧をしていても、綺麗な洋服で着飾っていても、その笑顔はいつも見ているオレの大好きな笑顔だって分かったから。
今、オレの目の前に居るのはゴンだっていうことが、実感できたから。

ゴンはいつも『動きやすいから』って言ってズボンしか履かないのに、今は白くてフワフワした女の子らしいワンピースに、薄い緑色のカーディガンを羽織っている。
化粧も決して濃かったりケバい感じにはなってなく、あくまで自然体なのだが、ちゃんと女の顔になっていた(流石ビスケ…年の功か)。
無造作にセットされていた髪型も、今日は綺麗に横分けされていて、カーディガンと同系色のストーンが付いている可愛らしいカチューシャを付けてもらっている。


女ってスゲーな。

格好ひとつで、こんなにも雰囲気が変わるのか。



「それで、準備してたら遅くなっちゃったんだ」
「…」
「デートのことも、今日ビスケから突然聞いてさ、ビックリだよね!」
「…」
「…キルア?」
「っ、えっ?」


ゴンに顔を覗き込まれながら名前を呼ばれて、我にかえる。
が、すっかり変身したゴンの姿に見惚れていたオレはゴンとの会話もままならなく、上の空で黙り込んでいた。

すると、それを見たゴンが、少し俯きがちになりながらポツリと呟く。


「やっぱり、変だよね」
「え?」
「オレみたいな男まさりが、こんな格好したって」
「待っ、ちがっ」
「待ってて!今トイレ行って着替えてくるからっ!」
「待てって!!」


違うんだ。

変だなんて、ひとつも思ってない。


むしろ、オレは…



「あれ〜?キミ、彼氏と喧嘩中?」
「っ!」


と、俯いているゴンに自分の気持ちを打ち明けようとした時。
見知らぬ男が馴れ馴れしく、ゴンに近づいてきて。
突如、その男に肩を掴まれたゴンは、ビクッと体を強張らせた。


「可愛いなぁ。ねぇ、俺と遊ぼうよ」
「あ、あの…っ」
「おい」


瞬間、オレは視線に殺気を込めて。
ゴンの肩を掴んでいる男の手を掴んで引き離し、骨が折れるか折れないかくらいの力でギリリと握り締める。
そして、ドスを効かせた低い声で、更に続けてこう言い放った。


「汚ねぇ手でそいつに触んな、殺すぞ」
「ヒ…ッ!!」


その瞬間、男は顔を青ざめさせると、死に物狂いでオレの手を振り払い、その場から逃げ去って行った。
ちゃんと逃げ去ったのを確認してから、フゥーと肩の力を抜くように大きく息を吐く。
怒りを制御すんのって大変だ、マジで。

それから、ゴンに視線を戻した後、今度はゴンの手を握り、その手を引いて早足で歩き出す。
どこも行く当てもないのだが、取り敢えず人気の無い所へ行きたくて。
ここじゃ人が多すぎる。

ゴンはオレに引かれて歩くまま、どうしていいか分からないのか、不安そうな色の目でオレの背中を見つめた。


「あ、あの、キルア?」
「…」
「…怒ってる?」
「怒ってる」


淡々と答えると、ゴンは衝撃を受けたみたいに目を見開く。
と、目に見えて分かるほど、ションボリと肩を落とすのだ。


「ごめんね、オレ、良い気になって、似合いもしない格好してっ」


ポツリポツリと、落ち込んだ声音で謝るゴン。
そこでオレは、ピタリと足を止める。
ちょうど周りに人も居なくなっていて、錆びれたベンチが一つあるような静かな公園に辿り着いた所だ。

足を止めて、くるりと後ろを振り返る。
振り返った瞬間、二人の視線がぶつかった。


「キルア、あの、」
「…ああ、ムカつく」
「っ、」
「可愛いから、ムカつくんだよ」
「…え?」


尚も申し訳なさそうに謝ろうとしているであろうゴンの言葉を遮るように、オレはそう言い放つ。
ゴンは耳を疑うかのように聞き返した。

けど、言葉の通りだ。


「似合いもしないだって?お前、自分がどんだけ可愛いか分かってねぇだろ。ああそうだよな分かってねぇからそんな格好で無防備にノコノコやって来やがったんだ」
「やっ、なっ」
「あーくそっほんとに、普段男っぽくしてて自分が可愛いの気付いてなさすぎて、ほんっとにムカつく腹が立つ」


と、ほとんど息継ぎもせず口を挟むことも許さず、半ば理不尽とも言えるような怒りをゴンにぶつける。
言われてるゴンは何が何だかという感じだが。


ほんっとに、厄介だ。

特別何もしなくたってゴンはめちゃくちゃ可愛いし人を惹きつける魅力を持ってるってのに、こんなあからさまに女らしいことしちまったら、明らかにさっきみたいなアホな男がホイホイ寄ってくるに決まってんだろ。
つーか待ち合わせ場所に来るまで平気だったのか?
ちょっとでもやましい目でゴンのこと見やがった野郎共を全員記憶が無くなるまでぶっ飛ばしてやりたい。

デートなんて知るか。
こいつはオレだけのもんだ。


…だけど。



「か、可愛いって」
「…んだよ」
「キルアに、可愛いって言ってもらえた…!」
「〜っ、」



えへへ、と無邪気に笑うゴンに、オレは思わず頭を抱える。

なんっなんだこいつはっ!
オレのこと萌え殺す気かそうなのかっ!?

さっきまであんなに落ち込んでたくせに。
オレがたった一言、『可愛い』って言っただけで、こんなに喜んで。

そんな顔されちまったら、このまま帰るなんて出来ねぇじゃねーか。



「ハァー、たっくよぉ」
「キルア?」
「ほんとは誰にも見せたくねーけど…せっかくゴンがめかし込んできてくれたことだし、どっか遊びに行くか」
「! …うんっ!」



そう言うと、半分力任せに握っていた手を、互いの指と指を絡ませるように、優しく繋ぎ直して。

今度はちゃんと、ゆっくりと、ゴンの歩幅に合わせるように歩いた。










(はぁ〜〜〜〜ゴンってば可愛く変身しちゃって、あたしってばやっぱり天才だわさっ!にしてもキルアは本っ当にガキなんだから。ろくにデートもしないで帰ってきたら許さないわよ〜?)




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