あたたまりすぎ!
「あ〜っ、さむ!さむさむさむっ!」
2人で買い物に行った帰り道。
キルアはモコモコの分厚いマフラーに顔を埋めて、コートのポケットに両手を突っ込んで、寒さで赤くなった鼻を啜りながら、そう叫んでいる。
キルアはとっても寒がりだ。
部屋に居てもストーブの前で猫みたいに丸くなってるし、布団の中があったかくないと眠れないからって、オレを湯たんぽ代わりにして寝てるし。
今もたくさん厚着してきたけど、外の寒さに耐えきれない思いきり肩を縮こませてブルブル震えてる。
モコモコ姿で小さくなって震えてるもんだから、何だか小動物みたいだなぁ、なんて思ってオレは隣でクスクス笑った。
「だから、オレ1人で買い物してくるって言ったのに」
「バッカ、お前ばっかし寒い思いさせてらんねーだろっ」
「オレはキルアほど寒がりじゃないもん」
「うるせぇ、夏生まれは寒さに弱いんだよっ」
「何だよそれぇ」
夏になったらなったで、暑くて死にそうだ〜冷たいジュースくれ〜アイスくれ〜って騒いでるくせに。
なんて言ったら、キルアは唇を尖らせてしまいそうだから、口には出さないけれど。
「けど、確かに今日は冷えるよね。天気予報で見たけど、今年一番の寒さらしいよ?」
「マジかよ。それつい先週も聞いたような気がすんだけど、どんだけ今年一番があるんだよ、たっく」
「まだまだ寒い日は続くってことなのかなぁ。でも雪が降るよりはずっと良いよ、他の地域じゃ一面真っ白みたいだし」
「この寒さプラス大雪とか、オレは生きていけねぇな…」
どこか遠い目をしながらキルアはそう呟いて、次の瞬間クシュンとくしゃみをする。
それを見て、オレは慌ててカバンからティッシュを出して、両手が塞がっているキルアの代わりに、鼻にティッシュを当てがった(今のキルアにポケットから手を出してと頼むのは酷な気がして)。
その時、一瞬だけ触れたキルアの頬っぺたが氷みたいに冷たくて、何だか少しビックリしてしまう。
人の体温って、こんなに違うものなの?
「キルア、大丈夫?」
「へーき。つかわり、ティッシュありがとな」
「良いんだよ別に。それより風邪ひかないか心配」
「今までそんなのひいたことねーから大丈夫だと思うけど、さっきから全っ然手があったまんねぇんだよな」
「手?」
言われて、ゴンが目を向けたのは、未だポケットに収納されているキルアの両手。
「あれ、この前買ってた手袋は?してるよね?」
「…や、部屋に忘れてきた」
「ええっ!何やってんだよ寒がりのくせに〜」
「仕方ねーだろ?ゲームやってる時にお前が急に買い物行くって言うもんだから、慌てて飛び出しちまったんだよっ」
別に、夕飯の買い物なんて大したことないし、パッと買ってパッと帰ってこれるのに、ほんとにキルアってば変なとこで律儀。
でも、そういうの気にしてくれて、買い物付き合ってくれて、寒い中一緒に並んで歩いてくれて、荷物も半分持ってくれて。
些細なことだけど、何だか嬉しい。
なんて思って、胸がほこほこあったかくなる。
「キルア、ちょっと手ぇ貸してみて?」
「え?」
不意にオレはキルアにそう言って、パッと自分の両手を差し出した。
キルアは不思議そうにそれを見つめながら、ずっとポケットの中で守ってきた手を、片方だけ外に出す。
オレは冷えて血色の悪くなってしまったその手を、自分の両手でギュッと挟み込むようにして握り締めた。
瞬間、キルアはビックリしたみたいに目を真ん丸くさせる。
「おまっ、あったけぇ!なんでこんなあったけぇの?手袋もなんもしてないのに!」
「オレ、昔から体温高いんだよね。どんなに寒くても、ちょっと動いてたらすぐあったまっちゃうんだよ」
「はー、マジかよ。人間カイロじゃん」
「って、それを狙っていつも一緒に寝てるんじゃなかったの!?」
「や、別に。単にゴンに引っ付いて寝たかっただけ」
シレッと答えるキルアに、オレはうぐぐと口をつぐむ。
自分は、『恥ずいこと言ってんじゃねーよっ!』ってすぐオレに言うくせに、キルアだって今みたいにオレのことドキドキさせること言うし、するじゃんか。
ズルいズルい!なんて心の中で悪態つきながら、ゴンはキルアの手をマッサージするみたいに何度もギュッギュッと握り締める。
するとキルアは、少し申し訳なさそうにゴンを見つめた。
「でも、オレはあったかくて嬉しいけど、お前の手は冷たくなんねーの?」
「オレは大丈夫だよ!すぐあったまるし」
「けど、」
「それに、キルアの手をあっためるのが、オレの仕事だからね」
「!」
ヘヘッ、ってちょっと得意げに笑いながら言うと、キルアは唇を尖らせながら、軽くタックルしてきた。
「わ、なになにっ?」
「お前はすーぐそうやって恥ずいこと言う」
「ちょっ、それはキルアだって!」
キルアだって、恥ずかしいこと言ってくるじゃんかっ!
と、さっき頭の中で悪態ついていたことを言い返そうとした、その時。
「…っ!」
その言葉は、喉の奥へと引っ込んだ。
キルアの唇が、オレの唇を塞いでしまったから。
「っな、に」
「んじゃオレの仕事は、ゴンの体温を上げることな」
「っ、もう!」
周りに人がいっぱい居る街中、サラリと唇を奪っていったキルアは、イタズラっぽく笑いながら甘い声音で囁いてくるのだ。
そんなキルアに、オレは悔しいのと恥ずかしいのと大好きって気持ちで胸がいっぱいになって、ポカポカとキルアの背中を叩く。
キルアはそんなの効きませんって顔で、オレのおでこを小突いた。
今、鏡を見たらきっと、オレの顔はリンゴみたいになってると思う。
身体中が、カーッて熱くなっていくのが分かるから。
『オレの仕事は、ゴンの体温を上げることな』
もう、キルアのバカ。
こんなの、あたたまりすぎだよっ!