また巡り合う時に

※キルアとゴンがもしもハンター試験の前に出会ったことがあったとしたら…という妄想の元生まれたお話です





6歳の頃、何もかもが嫌になって家を飛び出した。

毎日毎日殺しの技術ばかり教え込まれ、殺せと命じられた人間を平気な顔をして殺しては自らの手を血で汚し、家から自由に出歩くこともできず、まるで操り人形のように同じことの繰り返し。
そんな日々に嫌気がさして、家族にも誰にも何も言わず家を飛び出して、とにかく誰も知らないどこか遠くへ行きたかった。
オレのことを引き止めようと金切り声を上げて縋り付いてきた母親の顔面と、それに加勢しようと食ってかかってきたブタくんの脇腹を、ナイフで思いっきりブッ刺して。

行く当てなんて無い。
けど、天空闘技場で稼いだお金が、まだ少し残っている。
お菓子を買うのでほとんど使ってしまったけれど、とりあえず一人で生きていく分には困らないだろう。
何日かくらいなら、飲まず食わずでも生きていけるし。



そんな無計画な家出の始まり。

辿り着いたのは、名前も知らない小さな島だった。



「…どこだ、ここ」


人目を盗んで港に留まっていた船に乗り込み、波に揺られるがまま、いつの間にか意識を失っていたのだろう。
目が覚めて、船から降りた瞬間、見慣れない土地が目の前に広がっていた。

少し商店や市場があるだけの小さな町や、何軒かの家を通り過ぎると、深い森があって、そこは一面が緑に溢れている。
柔らかな風が流れると木々がサワサワと揺れ、川のせせらぎが耳に心地良く響き、森の動物達は自由に暮らしているようだった。
人の姿もほとんど見えない。
良いとこに来たな、と思いながら、オレは適当にその辺を散策して、河原の側に佇む大木に寄りかかるようにして座る。

これからどうするか、少し考えなきゃな。
母さんのことだ、ここで諦めてくれるとは思えないし、いつ追っ手が来るかも分からない。
同じ場所にずっと留まる訳にもいかないだろう。

なんて考えていたら、


「誰?」
「…っ!」
「そこに、誰か居るの?」


不意に、頭上からそんな声が聞こえてきて。
瞬間、オレは地面から飛び上がり、いつでも戦闘態勢が取れるよう身構えて、声の聞こえた方へと視線を向けた。

くそ、殺気も何も無かったとはいえ、オレとしたことが背後を取られるなんて。
それも、声をかけられるまで気が付かなかったなんて。
初めて家を飛び出したってのと、全く知らない慣れない土地に来てるってのとで、内心戸惑っていたのか?

すると、


「…子ども?」


視線を向けた先に立っていたのは、一人の少年だった。

黒くてツヤツヤした髪の毛に、穢れも何も知らないような無垢な瞳。
少年は、未だ警戒心を解けず鋭い視線を向けたままのオレに対し、少しムッと頬を膨らませながら、こう言う。


「子どもって、キミも子どもじゃないか!」


オレの言葉が気に食わなかったのか、そうガキのように反論し始める姿を見て、オレは思わずフッと小さく笑ってしまった。
オレは体の力を抜いて、再びその場にドカリと座り込む。
体の力が抜けたついでに気も抜けて、オレは目の前の少年に話しかけた。


「わりーわりー。お前、ここの住人?」
「そうだよ!キミは?」
「分かんねー」
「え?」
「適当に家出してきて、気付いたらここに居た」
「家出って、…あっ!」
「あ?」


突然大声を上げる少年に、オレは眉根を寄せる。
が、少年はそんなこと気にも止めず、オレの側へ駆け寄ると、オレの手を取りながら、こう言った。


「ここ、怪我してる」
「な、んっ」
「そこの川で洗って、手当てしよう!」


そう言うや否や、少年はそのままオレの手を引っ張って立ち上がらせると、こっちの言い分も何も聞かず、近くの川まで走っていく。
オレはというと、突然手を握られたことにビックリしてしまって、ロクに抵抗することも出来ず、言葉も出てこなかった。

久しぶりに繋いだ人の手が、こんなに暖かいことに驚いた。

オレは少年にされるがまま、川で傷口を綺麗に洗い流してもらい、リュックから取り出された薬瓶と布切れで手当てをしてもらう。
慣れた手付きだなぁ、なんて思ってたら、『オレもよく怪我するから』と微笑まれた。
ふにゃりと、マシュマロみたいに柔らかい笑顔だ。


「これで大丈夫かな」
「えっと、…サンキュ」
「怪我したらちゃんと手当てしなきゃダメだよ?」


そう心配そうに言ってくれる少年に対し、『怪我をするなんて日常茶飯事だから』とも言えず、曖昧に笑ってうなづく。
そんなオレを見て少年は一瞬だけ不思議そうに目を丸くさせるけれど、そのあとピンと何か良いことでも思い付いたみたいにパァッと笑顔を浮かべ、こう言った。


「ねぇキミ、名前は?」
「オレ?…キルア」
「オレはゴン!ねぇ、一緒に遊ぼうよ!」
「えっ?」
「この辺、子どもってオレしか居なくて、いっつも一人で遊んでるんだ。キルアさえ良ければ、一緒に遊ばない?」


ゴンの言葉に、オレは呼吸をするのを忘れそうになる。

『一緒に遊ぼう』って。
そんなこと言われたのなんか、生まれて初めてじゃないか?
よく妹とかには一緒に遊ぼうって言われて、人形で遊んだり公園に行ったりもしたけれど、必ず執事が付き添いで居たし。
つーか、考えてみたら、家族以外の人間とまともに喋ったのも初めてかも。
それも、自分と同い年くらいの子と。


「…ダメ?」
「!」


少ししょんぼりと眉尻を下げながら聞いてくるゴンに、オレは息を詰まらせながらブンブンと勢いよく首を横に振った。
必死に否定するオレの姿を見て、ゴンはまたパァッと花が開いたような、満開の笑顔を見せてくれる。

瞬間、心臓がドキンと大きく跳ねた。


「よし!それじゃあ、行こ!」



そう言って、再び繋がれた手は、やっぱり暖かくて。

いつもと違う鼓動の速さに、オレは戸惑うばかりだった。





* * *






ゴンはオレの手を引きながら、島の中(くじら島という所らしい)を隈無く案内してくれた。

森の中では食べられる木の実を教えてもらいながら採って、二人で木登りして一番眺めの良い場所でそれを食べたり。

河原へ行くと、ゴンのお気に入りだという釣り竿で魚を釣って、どっちが大物を釣れるか競争したり。
その中で、一回だけビックリするくらいでっけー魚がかかったんだけど、一人じゃ釣れなくて、二人で力を合わせて釣り上げたから、勝負はお預けってとこかな。
魚は焚き火で焼いて食べて、またここでも早食い勝負なんかしたりして、二人して骨が喉に刺さっただの舌を火傷しただの、てんやわんやの大騒ぎ。



だけど、終始笑ってばかりだった。


ゴンも笑って、オレも笑って。

こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。





「はー、もう!キルアってば負けず嫌いなんだから!」
「お前に言われたくねーよ!」
「あはははっ」


ひとしきり騒いで、腹もいっぱいになった後、オレ達は河原の側の木の根っこを枕にして、ゴロンと寝転んだ。
ゆったりと頬を撫でていく風が心地良い。
チラリと隣に居るゴンに目を向けると、ゴンも気持ち良さそうに目を閉じている。


「オレ、誰かとこんな思いっきり遊んだの、初めてだよ」
「オレだって、初めてだよ」
「もっともっとキルアと一緒に居たい。ねぇ、明日もここに居る?」
「っ、」


パッとオレの顔を見ながらそう問いかけてくるゴンの言葉に、オレはなんて答えたら良いか分からず、視線を逸らした。
もちろんオレだって、出来ることならもっとゴンと遊びたいって思うし、もっと一緒に居たいって思う。

だけど、いつまでもここに居ることはできない。
いつ追っ手が来るかも分からないし、同じ場所に留まっていては見つかる可能性も大きくなってしまうから。
もしかしたらこんな風に呑気に遊んでいられるのも、今だけかもしれない。


「オレ、さ。詳しくは言えねーんだけど…家庭の事情で、家からほとんど出ることもできなくて、一緒に遊ぶ友達なんか居なかった」
「え…?」
「だから、今日ゴンとこうして一緒に遊べて、マジで、今までで一番楽しかった」
「!」
「一生忘れねーよ」
「そんな、大げさだよ」


大げさなんかじゃねーよ。

家を飛び出して、行く当てもなく彷徨っていて、これからどうすればいいか分からずにいた中、こうして巡り会えたのがゴンで、本当に良かったって思う。
オレは再び視線をゴンと合わせると、ニコリと微笑んだ。
小っ恥ずかしくて、ぎこちない笑顔になっちまったけど。

するとゴンは、両手でオレの手を握って、こう言う。


「オレも、ずっと忘れないよ」
「ゴン…」
「それとさ、キルアはさっき、友達なんか居なかったって言ってたけど…オレ達もう、とっくの間に友達だよ」
「…!」
「なんて、迷惑かな?」


ふへへと照れくさそうに笑いながら呟くゴンに、オレは胸がいっぱいになって、堪らない気持ちになって。
迷惑な訳あるか!と、声を張り上げて答えようとした。

…その時。



「それは迷惑だね」
「っ!?」



突如、鼓膜に響いてきた無機質な声音に、一番聞きたくないと思っていた声音に、オレは背筋をザワつかせながら目を見開く。
その声はゴンの耳にも届いたのか、一体なんだ?誰かいるの?と、怪訝そうな表情で辺りを見渡した。

けれど、次の瞬間、


「グァッ!!」
「悪いけど、ちょっと眠っててね」
「ゴンッ!!」


声の主は、音もなく颯爽とオレ達の間に現れて、抵抗する隙もこの状況を理解する時間も与えてくれず、奴はゴンの首へ手刀をいれる。
打撃を食らったゴンは何が何だか分からず、その場に気絶した。
オレは瞬きをするのも忘れて、頭の中が真っ白になりながら、ただただ目の前の光景を見つめている。

奴は、オレが一番会いたくなかった人物。
母さんよりも執事達の追っ手よりも、ずっと嫌な存在。


「…兄貴」


そう、一番上の兄貴、イルミだった。
オレは倒れているゴンを見つめながら、震える拳を握り締める。


「なんで、こんなこと、すんだよ…っ」
「それはこっちのセリフだよ、キル。突然家出したかと思ったら、友達なんかつくろうとしてたなんて」
「別に、関係無いだろっ」
「あるね」
「っ!」
「殺し屋に、友達なんか必要ないだろ?」


淡々と言い切る兄貴の言葉に、オレは言葉を無くしてしまった。
感情など全く見えない真っ暗闇の底のような兄貴の瞳が、オレを射抜く。
こめかみを、冷や汗がツツッと静かに滴った。


「お前は熱をもたない闇人形だ。自身は何も欲しがらず何も望まない。陰を糧に動くお前が唯一歓びを抱くのは人の死に触れたとき。お前は親父にそう育てられた」
「…何も、欲しがっちゃいけない?」
「そう。どうしてもこの少年と友達になりたいというのなら、目の前に居るこのオレを殺すことだね」
「…!」
「でも、出来ないだろ?それは、自分が一番よく分かるよね」


まるで、見えないオーラか何かで手足を縛られているみたいに、指一本動かすことも出来なくて、首を締め付けられているみたいに、上手く呼吸が出来なくなる。
兄貴は何も言い返さなくなったオレを見て、口元だけ不気味に笑みを浮かべると、よーしよしと子どもをあやすようにオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


それで良い、それで良いんだと暗示のように耳元で何度も囁いて。

その声が遠くなったと感じた時には、オレは意識を失っていた。










「全く。どうしてこうキルだけは、他の兄弟達と違って、なかなか言うことを聞いてくれないのか」


気を失っているゴンとキルアを並べて寝かせながら、イルミはやれやれとため息をつき、二本の針を用意した。
それは、二人を殺すためではなく、二人の記憶を操作するための針。


「これで、ここでの記憶は綺麗さっぱり無くなる。友達をつくりたいだなんて馬鹿げたことも、全部忘れる」


まずはキルアの頭に、針を埋め込む。
痛みも苦しみも無い、ただ記憶を消し去るだけ。
それなのに、キルアの目尻からは一筋涙が流れた。

そんなにも出会ったばかりのこの少年を想っているのか。
お兄ちゃんヤキモチ妬いちゃうぞ、なんて心の中で軽口を叩きながら、その涙を拭いもせず、ジッと眺めている。
いくら人でなしと言われようとも、恨まれようとも、これがゾルディック家に生まれた者の宿命なのだ。

そして、もう一本。
これは、ゴンの記憶を消すため。
サクッと殺してしまえば簡単だけれど、依頼も受けていないうえ、力の無い小動物の息の根を止めるのは、どうも気が乗らない。
なんて思いながら、イルミはキルアの時と同じように頭に針を埋め込もうとした。

その時。


「!」


奇跡的に目を覚ましたゴンは、息を荒くさせながら、真っ赤な顔で、血走った瞳で、イルミのことを睨み付ける。
まだ声を出せるほど回復してはいないようで、何か言いたげに見えるが、フーッフーッと獣のように荒い呼吸を繰り返すばかり。
数時間は眠っててもらうつもりだったのに、意外と頑丈なんだなぁと、イルミはやや感心しながらゴンを見つめた。
動くことができず、その場でもがくだけのゴンに、イルミは囁く。


「力の無い自分が、悔しいか?」
「…っ、」
「ここまでされて、お前がまだキルのことを想ってるんだったら、いつかまた追い掛けてくると良い」



ま、たった今忘れちゃうけどね。


なんて囁いた次の瞬間、プスリとゴンの頭に針が刺された。
瞬間、頭の中をぐしゃぐしゃに弄られる感覚。
ゴンの瞳からもまた、涙が溢れる。


薄れゆく意識の中で、ゴンは心の中で何度も叫んだ。

誰でも無い、キルアの名前を。









「ねぇキミ、年いくつ?」
「もうすぐ12歳!」



その数年後。


記憶を失った二人が再び巡り合うのは、また別の話。




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