blue sky(竹くく)



「久々知兵助っ!」

 
練習試合の帰り道、突然呼ばれた自分の名前に驚いて振り返れば、そこに居たのは先程まで試合をしていた相手校の奴だった。

隣を歩いていた幼馴染でチームメイトの尾浜勘衛門こと勘ちゃんも足を止め、俺と同じように彼の方へ視線を向けてから、確かめるように俺に話し掛けてくる。


「今呼ばれたの兵助の名前だよね?」
「うん、そうだと思うけど…」


 なぜ呼ばれたのか見当などなく、呼んだ相手の名前もこちらは知らない。
知っているのは今まで試合をしていた相手ということだけど、控え投手の俺が投げたのは立花先輩が怪我をしてしまった後の八回と九回だけで、彼と対決したのは一回だけ。
名前を覚えられているとも思わなかった。

 それだけの面識しかない俺に、彼は何の用があるというのか、理由を問おうと口を開き掛けたが、それより早く彼は拳をギュっと握りしめてから少し俯き加減だった顔を上げ、視線を真っ直ぐ俺に向けて言った。

「久々知」
「はい?」
「俺、おまえに惚れた。だから…次は絶対おまえを捕らえて見せる、お前に俺を刻み込んでやるから逃げんなよっ」

 
大きな声で言われた言葉に、今度は周りに残っていた先輩や後輩までもが何事かとこちらを振り返りこちらを見る。
彼の後ろ側では控えに入っていたバッテリーの双子が口を押さえながら必死に笑いを堪え、俺の隣では勘ちゃんがただでさえ丸い目を大きく開いてしまっていた。
 おまけに、視界の片隅では面白いことには首を突っ込んでくる我が部の投手様、立花先輩も爆笑しながらバッテリーを組む相方の潮江先輩をバシバシ叩いている。

 思わずため息を吐いてしまうけど、彼は多分、話し掛けてくるにあたり所々言葉を抜かしてしまっているのではないかと思う。
本当は、彼は俺の投げるボールを打ってみたいと思ってくれてあんなことを言ったんじゃないかな…と。
だとしたら言葉が足りないにも程があるけどね。

(あれではまるで告白に聞こえる)


そんなことを思いながら、なんとかするのだ…と重い口を開いた。


「あのさ…」
「な、なんだ」
「いや、もう一度落ち着いてから話してくれないか?」
「今言った言葉が全てだろ!!おまえは俺が変なことを言ったと思っているのか?」


いや、充分に変なことを言っていただろうと思いつつ、埒があかないと彼の後ろにいた双子の片方に視線を送ってみれば、そいつは苦笑いしながら、今だ自分の過ちに気付いていない彼へと説明をしてくれる。
更にもう一人居た双子が彼に何かを耳打ちすると、彼は次の瞬間ボンッと顔を赤く染める。

「こっこっ、告白!?あっ、い…いや、惚れて、お前を捕まえ…俺を刻み…、あー…」
 
混乱するなり頭を抱えてしゃがみ込んだ彼の姿にやっと自分の過ちに気づいてくれた…と安堵すれば、かなりうろたえているらしき彼の姿がおかしく見えてきて、フッと笑いをこぼしてから隣で不思議そうにこちらを向いている勘ちゃんに向けて笑みを浮かべれば、勘ちゃんは一瞬ポカンとした表情をするが、やがてニィッとイタズラな笑みを浮かべてから俺より一歩前に出ると、彼に向かって言った。


「あのさ、おまえは兵助の投げるボールに惚れて、それを打ちたいと思ったんだろ?」
「…あ、あぁ」
「それで、兵助に名前を覚えさせたかった…違う?」
「…そうだ」
「つまり宣戦布告ってことだよな?それ、受けてあげるよ」
「え…?」


 勘ちゃんはそう言うなり俺の横に立つと、俺の肩を組んでもう一度彼のほうを見据えた。


「俺は尾浜勘衛門、兵助の相棒…つまり兵助とバッテリー組んで捕手やってま〜す。兵助に宣戦布告っていうことは、俺にも宣戦布告ってことだよね?」
「あっ、えっと…」


 突然の展開に驚いているのか彼が言い淀んだ所で、今まで彼の後ろに居た双子達が彼の両隣に並んだ。


「もちろん、そういうことだ。雷蔵もそう思うだろ?」
「三郎…、まぁ…そうかな」
「っていうことでだ、こいつが挑んだ勝負チームメイトの私達が挑んだも同じ。私は鉢屋三郎、投手をしている」
「で、僕は不破雷蔵。三郎の捕手をしてます」


 双子がそれぞれ自己紹介したので俺も一歩前に出ると、並んでいる三人に向かって言った。


「知ってるかもしれないけど俺は久々知兵助、ご存知の通り投手やってます」
「それで、宣戦布告してきたそちらの彼は?」


 勘ちゃんが尋ねれば、彼も先ほどまでのおろおろしていた表情から一転、二カッと爽やかな笑顔を浮かべて言った。


「俺は竹谷八左ヱ門、来年の四番バッターだ」


 彼…、竹谷がそう言い終えると、俺と勘ちゃん、竹谷に鉢屋と不破の五人は向かい合ってから視線を交わし、互いに挑発的な笑みを浮かた。
そして、一番最初に鉢屋が口を開いた。


「次戦うのを楽しみにしている。まぁ、私と雷蔵には勝てないだろうがな」
「鉢屋だっけ、言うねえ。俺と兵助も負けないと思うけど」
「うーん、確かに久々知くんいいボール投げるよね。でも僕と三郎も負けないように頑張るから」
「俺も、今日はお前たちの先輩に打たれてしまったけど、次は絶対打たせないから」
「じゃあ、俺は絶対に久々知のボールを捕まえてやる」


 互いに言いたいことを言い終えると、打ち合わせなどしていないに次の瞬間、俺たちは同じタイミングで同じ言葉を叫んでいた。



『勝つのは俺(私・僕)たちだ』



そして一瞬の沈黙の後、同時に叫んだのがおかしかった俺たちが五人してまた笑いあえば、今度はそこに互いの先輩達も乱入し、試合後だと言うのに俺たちは暫くはしゃぎ合っていた。







***


 これは俺たち五人が初めて出会った高校二年の夏の話。

ちなみに、この時誓った俺たちの再戦の場が夏の甲子園を掛けた決勝戦になるんだけど…

それは、まだ誰も知らない話なのだ。


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