第3話〈真紅の街長。〉


 外を歩いていると、4月にしてはやや肌寒さの方が上回っている気がした。桜も満開の見頃を終え、散り始めの時期だが、まだ葉桜の緑は見せずにいる。
 ナナシは屋台で売っていた熱々の焼きミカンを串でつついて食べ歩きながら、すれ違う人々の話しに聞き耳を立てていた。

「コオリワタリも過ぎたのに、日中もまだかなり冷えるわねぇ……今年の衣替はいつになるやら」
「やっぱりあの竜のせいよ、役所の対応ちょっと遅過ぎると思いません?」

 聞こえてくるのは寒いだの竜だの、同じ言葉ばかりである。
 竜といえば、獰猛な性格で危険と言うイメージがある。前例がないのであれば、役所の対応が遅れてしまうのも無理ないのでは? と、ナナシはやけに冷静に思っていた。

 地図に記された場所をゆっくり目指しながら、ウィンドウショッピングを楽しんでいると、進むにつれて次第に寒さが増していく事に気がついた。

「平坦な街内だけでこんなに温度差があるのはさすがにおかしいでしょ……」

 そんな独り言をボソッと言うと、くしゃみをひとつ、鼻水を拭ぬぐいながら身震いをした。

 そして街の外れ、目的地付近まで来ると何やら人だかりが見えた。あそこだな、と少し身構みがまえて近づいていく。
 そこには、真紅のパンツスーツをビシッと決めた、人々の頭一つ……いや、二つも三つも飛び出した大柄の女性が群衆の先頭に立ち、メガホンを使って豪華な邸宅に向かって話しかける様子があった。

『あなたは完全に包囲されています。観念して、竜をこの街から逃しなさい』

 女性がそう声をかけて、反応を待ったが邸宅からはシーンと、何の反応もない。
 ざわつく人々から、また無視を決め込んでるよ、話にならねぇな、と呆れるような文句が口々に聞こえて来る。

『いい加減にしなさい、サナエ=ライトナー! あなたはどれだけ街の人に迷惑をかけるつもりなの!』

 スーツの女性は、今度は迫力のある怒気を含んだ声で呼びかけた。
 それでも中からは何の応答もない。

「あの家の中に、本当に竜がいるんですか?」

 ナナシは近くのおじさんにこそっと尋ねた。

「ああ、一昨日の晩、中に入っていった所を見た人がいてな。出てきた所を見た人はいないってもんだから、確かに中にいるはずなんだがねぇ」
「なんで出てこないんですかね? これだけ街が寒いなら、一番近くにいる自分はもっと寒いと思いますけど……」
「そら本人じゃねーから、なんでかは分かんねえけどなぁ……アンタ見ない顔だけど、よその人?」
「あっ、はい。昨日この街についた、選出旅人です。ホテルのオーナーさんに竜がいるって聞いて」
「……選出旅人!? やっ、これは!」

 目を丸くしたおじさんは、ナナシの手を両手で握ってブンブンと強烈な握手をした。
 そこまでは良かったのだが、おじさんは何故かその腕を掴んだまま、人混みをかき分けてナナシをスーツの女性の元へ連れていった。



「街長! 忙しい中すまんね、ちょっと聞いてくれや!」

 街長と呼ばれたそのスーツの女性はくるっと振り返りナナシたちの方を向いた。
 街長は近くで見ると思った以上に背が高く、2メートルはありそうだった。年は40〜50くらいだろうか。七三分けの長いワンレンパーマが、目力も強くキリッとした表情にとても似合っていて、ナナシはついドキッとしてしまった。

「あら、ローレストさん。どうされました?」

 メガホンから聞こえた声とは打って変わって、とても柔らかい口調だ。

「たった今、出会ったばかりなんだが、この子を紹介したくてだね! なんと、選出旅人なんだって! えーっと……」
「はじめまして、カンダ ナナシといいます。昨日の夕方、この街に来たばかりなんですけど……」
「まあ、選出旅人?」

 街長は、先ほどのローレストと同じように驚いた表情になった。

「こんな可愛い選出旅人に来てもらえるなんて、光栄だわ!」

 街長は、嬉しそうにナナシをギュッと抱きしめた。良い香りのする、非常にグラマラスな女性である。

「私は街長の、アズミ=ライトナーです。ごめんなさいね、本当はおもてなししたい所なんですけれど、うちのバカ娘がお騒がせしてる最中なものでお構いできず……」

 そう言って街長が指で指し示した先は、氷竜、立て篭もり騒動のあの邸宅だった。

「えっ、娘さんがあの中に?」
「ええ、私が2週間出張で家を空けていたらこの有様で……」
「どうして娘さんは竜と一緒に立て篭ってるんですか?」

 街長は、うーん、と一瞬考えて答えた。

「多分、あの子の事だから捨て猫感覚で拾って来たのよ。ただの猫だったら拾わなかったかもしれないけど、あの子目立ちたがり屋だから。
 ただそれも、みんなにジロジロ見られて可哀想に思ったのかもね。それに独占欲も激しいから、誰かに取られるとか思ったんだと思うわ。実際、今日は保健所と研究機関も来てるし……」

 呼んでないんだけどね……と、街長は呟いた。群衆を見て見ると確かに、見るからに研究者のような服を着ているものがいるし、大きな銃のようなものを構える男が何人かいた。

「竜も、飛んで帰れるくらいには体力は戻ってるはずなのよ。保健所や研究機関に渡る前に返してやりたいのだけれど、騒ぎが長引きすぎたわ。街のみんなが、この寒さに不安を抱いてきている」
「今日明日が最終期限といった所でしょうなぁ……」

 3人の中で沈黙が流れる。
 すると何か思いついたようにアズミは、ナナシとバチッと目を合わせた。

「あなた、この街はいつ出立予定?」
「明後日の朝には出ようかと」

 そのナナシの答えを聞き、今度はアズミとローレストが目を合わせた。

「ナナシさん、今夜、少しだけお話する時間をいただけるかしら」



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