第2話〈導きの地図。〉
役場の職員に勧められて泊まったホテルは、控えめに言っても最高だった。なんと、オーナーの好意により、宿泊費を1割にまで下げてくれたのだった。
年間500人いる選出旅人とはいえ、世界規模で見れば希少な人々である。旅の中での話を聞かせてもらう代わりに、宿や食事を安く提供してくれる店舗は多かったりする。
たった1週間しか旅をしていないナナシも夜、小1時間はオーナーに旅の話や身の上話を根掘葉掘と聞かれていた。ナナシ自身、人との会話が好きなので、疲れも忘れて夢中になって話をした。
「カンダ様、おはようございます。昨晩はいかがでしたか?」
朝食バイキングを食べ終わった頃を見計らって、オーナーが恭しく挨拶にみえた。少し歳をとったオーナーの、その清楚な態度と笑顔がとても心地よく、それだけでナナシは朝から嬉しい気持ちになれた。
「とっても気持ちよく眠れました!こんなに良くしてもらって、本当にハッピーです!」
目の前の、うら若い客の表情から溢れ出る幸せそうなオーラに、オーナーもまた幸福を感じた。
「それは何よりでございます。ところで、本日のご予定はお決まりでしょうか?」
「今日、明日はこの街でブラブラしようかなぁと思ってます。細かいことは決まってないんですけど」
あはは、と愛嬌のある照れ笑いを浮かべた。
「左様でございますか! 丁度良いことに、旅のお方にはぴったりな、ここだけのお話しがございます。実は先日、この街に……竜が墜ちました」
「竜?」
「はい、氷の国の竜でございます。街郊外に堕ち、気付いた者に保護されたそうですが、現在は見世物状態になっているようで……」
声を小さく落としたオーナーはそう言うと、赤く印の入った街の地図をそっとナナシに渡した。
「同時期に、この街に竜が堕ちること、選出旅人が来ること……その二つの出来事が重なったことは、決してただの偶然などではなく、必然であると、私は思うのでございます。
どうかこの事が、カンダ様の旅の思い出のひとつになりますよう、お祈りしております」
オーナーは深々と丁寧に頭を下げると、颯爽と仕事に戻って行った。
ナナシは手元に残された街の地図をしばらくの間見つめ、ボーッとしていた。
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