第1話〈選出旅人。〉


「あの、今夜泊まれる宿を探してるんですが」

 〈コオリワタリ〉から1週間。夕日も暮れかかったこの街の役場に1人の少女が立ち寄った。服は新しそうだが砂埃に汚れ、少ない露出部分だけでもすり傷が多く、グッタリと疲れ切っている。

「出来れば3食ご飯付きでテレビも観れてベッドがフカフカで温泉にも入れてそれでいてすっごい安い……」

 欲望を忠実に吐き出した少女はもう限界だと言わんばかりに、少し高めのカウンターにばたりと前のめりに倒れかかった。手には金糸の紐で結ばれた真紅色の封筒をギュッと持っている。
 その様子を見て役場の職員は苦笑いで、大丈夫ですか、と軽く揺さぶり起こす。

「失礼ですけれど、もしかしてお風呂に入っていらっしゃらないかしら?」
「ハハ……ここ4日野宿してたんですよ、やっぱり匂いますか」
「いえ、少し泥が目立ちましたので……4日野宿??」

 今週は雨風の日が何日かあった。その中を4日間も野宿するとは、見上げた根性というか、おバカさんというか……。驚きを通り越して賛称や呆れにも変わる。

「先ほど伺った内容に1番近いホテルをご紹介します。朝はバイキング、夜はコース料理の2食ですが、地下に極上の天然温泉付きです。選出旅人さんのようですので、通常の3割価格で1泊3,500円程度ですね」
「う……3,500円か……」

 かなり良質なホテルで、その辺のビジネスホテルに素泊まりするよりもはるかに安上がりに聞こえるが、月の所得が3万円の選出旅人グリダーには、そうではない。理想の条件でも現実は中々に厳しい。疲労困憊なのに眉間にしわを寄せて残金を計算をしてしまうのだ。

「今日1日、4日も野宿した自分へのご褒美だと思ってください。プラマイゼロ、むしろプラ、だと思いますよ。女の子はもっと体を大事にしなきゃ」

 ホテルのオーナーによってはもっとお安くしてくださるかもしれませんし、と、言葉を付け加え職員は悩む少女の背を後押しし、場所案内の紙を渡した。
 少女は職員に渡された紙を物思いに見つめて、ゆっくりと身体を起こす。

「……この旅始めてから、男に間違えられなかったの初めてです。嬉しいからそこにしちゃおうかな、アハハ……」
「ふふ、女の子は男と比べると不思議とそんなに匂わないものなんですよ」
「へぇ……そうなんですか。色々ありがとう」

 感謝の言葉を伝え、役場を後にした。職員の言葉に少し疑問も浮かんだが、それはすぐ忘れてしまった。


 少女の名前は〈カンダ ナナシ〉。

 今年、世界に選ばれた100人の人間のうちの1人、17歳の新米選出旅人である。

 旅の目的は、無い。




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