僕の大好きな名前ちゃんは、もうすぐいなくなっちゃうんだ。



僕らが出会ったとき、季節は春だった。空は真っ青で、雲ひとつもない気持ちいいくらいの晴天。そのときも僕は、どうすればこの部屋から抜け出して看護士さんに怒られずにサッカーを出来るか、小さいながらもそれだけをずっと考えていたのを覚えている。ベッドの上で、窓の外の真っ青な空を見ながら。

そんな真っ青な空に似合わないこの病院という場所で、僕らは出会った。
それも、ずっとすっと前のことだ。僕が入院したとき、同じ部屋だった女の子。それが名前ちゃんだった。名前ちゃんとはずっと仲がよくて、曲がりなりにもたぶん、幼馴染みたいなものなんだろうと思う。

名前ちゃんは病気で、激しい運動はしちゃだめだよ、ってお母さんやお父さんによく言われていたから、僕たちが選んだのは、絵本を読んだり、おままごとをしたりする遊びばかりだった。でも僕は名前ちゃんがいる、それだけで十分楽しかった。

「おっきくなったらけっこんする!」
まだ結婚の意味さえも十分に把握していなかった小さな僕らの交わした約束、僕は今でもちゃんと覚えている。名前ちゃんは覚えてる?・・・きっと覚えてるだろうね、だってこの約束はきみが言い出したことなんだから。

・・・僕らはそれから中学生になって、確実に男女の差が出るようになってからは、お互いにあまり喋ることをしなくなってしまった。あれかな、思春期ってやつ。あの時期は結構寂しかったなあ。いつも僕の部屋にやってくる名前ちゃんが急に来なくなったんだから。

でも、僕はそのときに自分の気持ちを自覚し始めた。
名前ちゃんの存在を意識し始めたとともに、恋という感情も知った。小さいころから一緒にいる名前ちゃんだから、きっと届かないんだろうな、なんて自分で自分の気持ちを終わらせようとしていた矢先。

名前ちゃんが倒れたんだ。



名前ちゃんが倒れた、と聞いたとき、僕の心臓は張り裂けそうだった。発作のときとはまた違う痛み。たくさん汗もかいて、ああこれはサッカーしているときくらい辛いなあ、なんて思ってた。でもそんなことを冷静に考えている暇はなくて、僕は名前ちゃんの小さい手を握って名前を呼ぶことしかできなかった。

結局そのときは、軽い発作ですよ、なんて看護士さんがやさしく笑ったから、僕はその笑顔を見ただけで勝手に安心して、そのついでに決心した。名前ちゃんに気持ちを伝えようって。

気持ちを伝えるのは簡単なことではなかったけれど、名前ちゃんが、わたしも太陽くんとおんなじ気持ちだよ、って言ってくれたから、僕は嬉しくて泣きそうになったりした。そのときの名前ちゃんの表情を今でも鮮明に覚えている。

「名前ちゃん」
「」
「ねえ、覚えてる?」
「」
「あ、そういえばこんなこともあったね」

ほら、僕がキスしたい、なんて言いだしたとき。あのときの僕らは子供だったからさ、キスの方法なんて知らなかったんだよね。あとほら、名前ちゃんのお父さんとお母さんとの約束をやぶって、僕ら、ベッドの上で最初で最後の行為を交わしちゃったこともあったなあ。あれって激しい運動に分類されるよね。名前ちゃん、とっても綺麗だったなあ。

・・・ねえ、名前ちゃん。

「あの約束、覚えてる?」
「」

ごめんね。

「ほら、小さいときに名前ちゃんが言いだした事だよ」
「」
「覚えてるでしょ?」
「」
「名前ちゃん」
「」
「・・・」

僕は、

「結婚しようか」

うそをつくことしかできなくて。


ごめん。

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