壁の中の無力な人間を、巨人という脅威から守ってくれる兵士様の世話をするために、私は1年前に故郷を離れた。私が故郷を離れるかわりに両親に十分な金を渡すというので、そうするより他に選択肢はなかった。世話、と当たり障りの無い言葉で言っても、中身はそんな小奇麗なものではない。いわゆる、夜の世話だ。 仲間が目の前で食われるという地獄のような光景を見続けながら戦う兵士様方のなかには、頭のネジが緩んでいる方もいらっしゃるようで、それはもう色々な抱かれ方をした。はじめのうちは生きていることにさえ嫌気がさしたが、これが故郷にいる両親の助けになるのだと思うと、もう感情というものは消えうせた。 今日は、新たな兵士様のところへ行く日だ。どんな人でも驚きはしないけれど、せめて刃物を使うのだけはやめてほしい。 「失礼します」 古びた扉を控えめに3回打ち、返事を待たずに中へ入る。 詳細は深くは聞いていないが、第104期訓練兵の卒業試験で上から3番目という、素晴らしい成績を残しているらしい。そんな兵士様の世話をできるなんてとても光栄だぞ、そう言って私の肩を叩いたあの兵士様の清清しいまでの笑顔を思い浮かべていた。 「えっと・・・君は?」 「・・・本日よりあなた様のお世話をさせて頂く者ですが、上の方からお聞きではないですか」 「うーん、聞いてないなあ・・・」 黒い短髪の兵士様は困ったように私を見つめた。部屋に入るまでに想像していた人物とはかけ離れ、成績上位者とは思えない柔和な雰囲気を醸し出していた。 「とりあえず・・・僕はベルトルトっていうんだ、よろしく」 差し出された大きな手に戸惑った。今までに一度もこんな扱いを受けたことがなかったから。今までは名前なんて聞くひまもなく、事が始まっていたのだ。無論、自分の名前など名乗る必要がないから、ここに唯一持ってきた、両親がくれた名前さえも役立たずと化していた。 「君は?」 「・・・なまえです」 「なまえ、ちゃん。・・・東洋の名前だね」 「・・・」 「ところで、僕の世話・・・って何をしてくれるの?」 私がここへ来た理由をまるで理解していない質問を平然と投げかけられた。まさか私がここに来たのは何かの手違いだったのかと不安にさえなる。 「・・・兵士様の性欲処理です」 「・・・」 (ああ、そうか)と。どこか納得したような、それでいて驚いた表情で兵士様は黙り込んだ。数秒の沈黙で、部屋が静まり返る。外からは微かな雨の音が聞こえた。 「そういう仕事の子がいるっていうのは噂程度に聞いていたけど・・・」 「・・・」 「まさか僕のところに送り込まれるなんてね」 「兵士様、」 「なんでもしてくれるの?」 瞬間、兵士様の目つきが獲物を見る目へと変わる。私の中にあった安心感はすぐさま凍りつき、いつもの絶望へと変貌した。 「じゃあまず、僕のことはベルトルトって呼んでね」 「・・・え、」 「それから・・・そこのベッドに横になってくれるかな」 指差されたベッドに横になると、兵士様・・・ベルトルトさんは何も言うことなく私に毛布を被せた。この行動になんの意味があるのか全く理解できず、ただベルトルトさんを見つめることしか出来ずにいると、背中を向けていたベルトルトさんがこちらに向き直った。 「今までたくさんの兵士を相手にしてきたんだね、その、小さな身体で」 「え、なに、・・・」 「何も考えなくていい。ただ、疲れてると思うから目をとじていればいい」 どうしてこんな汚い、初対面の私にここまで優しくしてくれるのか。頭の中が真っ白になって、目からは涙がこぼれた。それを悟られないように毛布を頭まですっぽりと被る。 「ありがとう、っございます・・・」 彼は何も言わず、私の頭を撫でた。そのとき、ここへ来てはじめて感謝の気持ちを思い出し、生きていたいという希望を取り戻した。 戦場のなみだ
20130623 ×
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