暫く会えないでいたから今夜はふたりでゆっくり過ごしたい、なんて言い訳は彼には通用しなかったらしい。インターホンが鳴ってから5分もたたないうちに、私の唇はすでに薄くなった酸素を求めていた。 プロとして活躍する傍ら、ない時間を無理に作ってまで私に会いにきてくれるなんて、そんな律儀なところは本当に昔から変わっていない。 「・・・会いたかった、なまえさん」 「ん、・・・ッは」 けれどこうして私の前にいる立向居くんの顔は、テレビに映るサッカーの試合中にどんなボールでも受け止めてしまうその人とは、まるで別人だ。 「ベッドに、行きませんか」 「・・・うん、」 ふんわりと優しく微笑むその表情に、私は弱い。世界でただ一人、私だけに向けられている笑顔だなんて思うとなおさら。つかの間の幸せに浸っていると、両足にかかる自分の体重が宙に浮いた。割れ物にでも触れるかのごとく私を優しく抱き上げてくれたその手は、なんだかくすぐったい。 「重い、でしょ」 「そんなわけないですよ」 「最近太ったんだよ」 「それは後で俺がこの目で確かめますから」 ・・・それってつまり、そういうことだよね。このあとするであろう行為を頭でわかってはいても、改めて再認識させられると少し恥ずかしい。 「長い間会えなくてすいません」 「そんな、謝らなくても」 スプリングの軋む音さえも控えめに、私はベッドに縫い付けられる。そんな細やかな優しさまでもが、立向居くんを愛しいと思わせるのだ。・・・たったの3週間。言葉で言うと短いように感じるけれど、その期間はとても長い。その期間中にどれだけ寂しくても、こうして触れあえるすこしの時間だけがそれを忘れさせてしまうから、不思議だ。 「・・・テレビで見てたよ、試合」 「うわ、見られてましたか」 「でもこうして実際に会うのとじゃ、やっぱり全然違うね」 フィールド上での真剣な表情も、私の部屋での立向居くんの少し余裕のなさそうな表情も、私は知っている。そんな立向居くんを独り占めしたいなんて思っているのは秘密だ。きっと立向居くんはかっこいいから、女の子のファンもたくさんいる。やきもちだって妬くけど、立向居くんはきっと私だけを見ていてくれているって信じているから。・・・これって自信過剰かなあ。 「・・・立向居くんのファン、多いよね」 「そんな心配しなくても俺の頭の中ずっとなまえさんの事ばっかりですから」 「ふふ、本当に?」 「他の子なんて興味ない。心配なら俺の頭のなか覗いてみますか?ちょっとアレなのもあるけど」 「あ、あれって・・・」 10年前のサッカー部で一番照れ屋だった立向居くんがこんなことをさらりと言ってのけるなんて、きっと誰も想像していなかっただろう。体格も力の強さも驚くぐらい成長したけれど、私が好きになった、立向居くんのこの優しい性格はずっと変わらないといつも思う。 「キス、しても?」 「・・・さっきは断りなくしたくせに」 「そうですね、」 こうして目をうっとりとさせるように微笑む顔も、キスをする前に必ず私に確認をするところも好きだ(さっきのは例外)。いちいち確認するものだから中学のころは慣れなくて、お互い顔を真っ赤にしていたっけ。 「ぅ、ん・・・ッ」 「・・・ン、」 遠慮がちに入ってきた立向居くんの舌が、口内を味わうようにねっとりと蠢く。あの頃は二人とも幼かったから、こんなに恥ずかしいキスは知らなかったけれど。・・・角度を変えて何度も何度も交わされるキスは、まるで会えない時間を埋めるためのもののようだ。ようやく離れた唇を、どちらのものとも知れない唾液が繋いでいた。 「久しぶりですね、こういうの」 「ん、・・・」 それを拭うかのように、あの頃のような可愛らしいキスを立向居くんがくれたものだから、なんだかとても懐かしい気がした。思い出に頭を巡らせている間に、立向居くんは私の首筋にこれでもかというくらい赤色を散りばめていた。 「そんなに、・・・あ、っ」 「こうでもしないと、他の男に取られたら困りますから」 いつのまにかはだけてしまった胸元では、夏に日焼けを避けたせいで白いままの肌に、真新しい赤が主張していた。ブラウスのボタンを丁寧に一つずつ外していくその立向居くんの指は、わたしのそれとはずいぶん違った。こんな些細な事でも、ありありと異性を感じさせられてしまう。 「新しい下着ですか?勿体無いですけど、今は脱がせますね」 心なしか楽しそうな声色の立向居くんは、慣れた手つきでホックを外した。外気に晒されふるりと震える胸をじっと見つめられ、これが初めてではなくともやはり頬は赤くなる一方だ。思わず顔を背けると、ひんやりとした大きな手が大きくない私の胸を覆った。 「あ、ッ・・・」 「どきどきしてますよ」 「い、言わないで・・・」 その感覚を楽しむようにくるくると描かれる円で、私の胸はむにゅむにゅと形を変えていく。その光景は厭になるほど官能的で、直視するのにも困難を要する。わたしが目を逸らしている間にも立向居くんの手は休む事を知らず、確実に快感を与えつづけている。 「あっ、あ、ん、・・・たち、む・・・ンッ」 「好きだなあ、ちょうど俺の手におさまってくれるなまえさんのこの胸」 「ぅン、・・・あっ」 「あれ?なんか硬くなってますけど、ココ」 わざとらしくにやりと笑み、主張するそれを指先でぴんと弾く。その指に反応して私の腰が浮いたのを確認すると、舌先で弄ぶようにして口に含む。敏感なそれはざらざらとした心地よい体温の舌に包まれ、どんどんと熱を孕んだ。 「あ、ッ・・・ンぅ、」 「・・・声、もっと聞かせてくださいよ」 「でも・・・ん、むッ、」 だらしなく開いた口は立向居くんの大人のキスを拒む術はなくて。どんどんと立向居くんのペースにのせられていく。 「それ、ばっかり・・・」 「男は好きなんですよ、おっぱい」 少年のように笑い、胸に顔を埋めた立向居くんを今日、初めてかわいいと思った。ぎゅううっ、と甘えるように抱きついてきた立向居くんのくせっ毛でふわふわな髪を撫でる。立向居くんの背はずいぶん高くなって、こうして上から見下ろすなんてことは滅多になかったな、そういえば。 「あ、今」 「ん?」 「俺の事、かわいいーとか思ったでしょ」 「えっ、そんなこと」 「もう大人なんですけどね、俺も」 大人の男だってこと、解らせてあげましょうか?にやり、不敵な笑みを浮かべたかと思うと一瞬のうちに足首を掴まれ、そのまま力任せに開かれてしまう。完全に油断をしていたから、そこは丸見えなわけで。まだ下着を脱がされていないことだけが幸い・・・と思ったけど、すぐに唯一の幸いも剥ぎ取られてしまった。 「み、見ないで・・・」 「慣らしておかないと、後で痛いですから」 ざらり、と。先刻まで私の胸を弄んでいたその舌がそこに入り込む。ちなみに、私はこれが少し苦手だ。意識が途切れそうになるほどの快感の波が幾度となく押し寄せ、絶頂をむかえるたびにその中毒性からますますぬけ出せなくなる。そんな事を知るよしもない立向居くんは私の身体を知り尽くしてしまっているから、今更止めることなんて出来ない。 「こうされるの好きですよね、なまえさん」 「も、いや、ぁ・・・っ」 「・・・堪らないな、その顔」 本当に、やみつきになってしまうから怖い。でも立向居くんも余裕のなさそうな表情をしているから、きっと次はあれだ。 「たち、むかい・・・くん、」 「・・・そんな顔されたら加減出来ませんよ」 今までずっと硬くかっちりと着こなしていたスーツの上着を脱ぎ捨て、首もとのネクタイをしゅるりという効果音とともに外す。真っ白いカッターシャツのボタンを私のそれを外すときとは違う乱暴な手つきで外していき、大袈裟に脱ぎ捨てると、立向居くんの鍛え上げられた逞しい身体が露になった。ひょろりとしていてもやはり中身はアスリートを感じさせる肉体で、一切無駄のない身体に見とれてしまう。 「私とは違うね、立向居くんの、・・・」 「鍛えてますからね」 「・・・すごく、かっこいい」 「な、」 「大好き、立向居くん」 今まで会えなかった期間に、この言葉をどれだけ飲みこんただろう。電話で声を聞く事はあっても、寂しさをさらけ出してしまったり甘えたりなんかしたら、優しい立向居くんはきっとすぐにでも駆けつけてくれるから。迷惑をかけちゃ駄目だなんて押さえつけていた。 「・・・そういうの、レッドカードですって」 「・・・大好き、すごく好き」 だから今、幸せとか愛しさなんていう立向居くんに対する感情が全部込み上げてあふれて、こぼれだしてしまった。もう手遅れなくらい立向居くんに溺れてしまっていると、よりによってこんなときに気づかされてしまう。だから、本能がどんどんわがままになっていくのだ。 「立向居くん、きて」 「本当にあなたって人は・・・、手加減しませんから、っていうか出来ないので、」 入り口に宛てがわれる立向居くんのそれは今までにないくらい熱くて、すごく大きかった。少しの恐怖さえも芽生えたけれど、それに勝る大きなものが恐怖をかき消す。 「い、・・・ッ」 「・・・痛い、ですか」 「だい、じょうぶ・・・」 ゆっくりと腰を埋めていく立向居くんの額にはうっすらと汗が滲んでいて、今日会ってから初めて立向居くんが顔をしかめた。この余裕のない顔に、どうしようもないくらい惹かれてしまう。立向居くんの首元に腕をまわせば、触れあっている場所がどんどん熱を帯びていくのを身体全体で感じた。 「動き、ます」 「ん、・・・」 ずん、と立向居くんの体重がかかり、最奥まで侵食されていくその身体はもうすっかり立向居くん仕様だ。いつからこんなふうになってしまったのだろうと思うくらい立向居くんを求めて止まない。 「あ、あッ、ンん、・・・ッ、あ」 「・・・、っは、ッ」 容赦なく吐き出される嬌声は、立向居くんが腰を打ち付けるタイミングと同時に零れる。隣の部屋に聞こえていたら、なんて考えはすぐに頭の中から消えてしまった。 「た、ち・・・む、かいく・・・ッ」 「なまえさん・・・、」 互いの名前を呼びあうとほぼ同時に、私のなかで立向居くんはどろりとした欲を吐き出し、それを受け入れた私の思考もまもなく停止しようとしていた。その少しあとに立向居くんが倒れこんできたから、私に残っている少しの力を絞り出して立向居くんを思い切り抱きしめた。耳元で立向居くんが「好きです」だなんて呟くから、更に力を加えた。 … … … 「少し飛ばしすぎましたね」 「そのわりに、すごく涼しい顔してるけど」 「激しい運動の後ってなんか清々しくないですか?」 そんなことは運動音痴な私に聞かれても返事の仕方がわからない。私の方はというと、事の後は必ず腰が痛くなるけれど。でもまあ、それも愛の結果だと思うと痛みと認識されない気がする。 「愛してます、なまえさん」 ふいに立向居くんが囁いたその言葉のあとに爽やかな笑顔という豪華なデザートつきだったから、私はやっぱりこの人から一生抜け出せないんだろうなあ、なんて思う。あえてそれに返事をせずに立向居くんの無防備な胸にとびこんだら、そこにはあたたかい幸せが確かに存在していた。 幸せの中にまどろむ 20121115 ×
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