「ヒトは、抱きしめあうと安心するらしい」 「鬼道くん、ちょっと・・・」 「・・・だが、おかしいな」 落ち着くどころか、胸騒ぎがして堪らない。心臓はいつもにも増して煩いし、脳も冷静さを失っているようだ。それは、抱きしめている相手がなまえだからなんだろうか。 「駄目だよ、こんな・・・」 「・・・どうしてだ、」 「だってわたしは・・・」 不動のものだ、とでも言うのか? ああ、ああ。そんなことは痛いくらいにわかっている。なまえと不動は中学の頃からそういう関係だったからな。久しぶりに雷門サッカー部で同窓会をやるというから顔を出してみたら、なまえはまだあの頃と同じように不動の隣で笑っていた。 「なまえは本当に変わっていない」 「・・・鬼道くんも、変わってないよ」 なまえの抵抗の力が少し弱まったかと思うと、なまえは自虐げに微笑んだ。その笑みに何故か胸が締め付けられる。 「明王くんが怒るから、もう、だめだよ」 「・・・」 明王くん、か。やはりなまえとアイツの間には俺の入る隙などない。そうわかっていても諦め切れないというのは、昔からの俺の悪いところだ。当時、二人が恋仲になったと聞いた時はサッカーどころではなかった。しかし、マネージャーとして皆を平等に応援してくれているなまえの気持ちを裏切りたくないからと、必死に練習に打ち込んだのを覚えている。 「好きなんだ、ずっと」 「鬼道くん、・・・」 こんなことを言えば優しいなまえは俺を突き放す事もできず、不動を裏切る事も出来ずに、ただ困った顔をするなんて事はわかっている。 「・・・悪い」 「・・・」 なまえはずっと黙ったまま俯いていた。こんな顔をさせるためになまえに気持ちを伝えたのではない。なまえにはずっと笑っていてほしい。昔から変わらない、俺がなまえに恋をしたころからずっと同じ、その笑顔を浮かべていてほしいだけなんだ。ただそれが不動に向けられていると知っただけで、情けないくらいに胸が張り裂けそうになってしまったのだ。 「わたしね、鬼道くんの気持ちなんとなく知ってた」 「え?」 「ごめんね」 その意味はわからなかったが、なまえは唇を震わせて確かにそう言った。抱き締める力を弱めなまえを解放すると、ゆっくりと離れる心地よい体温。その瞳は少しの迷いをも映しておらず、俺を完全に拒絶しているかのような目だった。なまえのそれに少しの恐怖を覚え、同時にそれを独占する不動を、酷く羨んだ。 届かないから手を伸ばした 20121113 ×
|