授業中、わたしのポケットの中で眠っていたケータイが震えた。ディスプレイでは「基山先生」の4文字が光る。生徒が授業を受けているまさにその時、先生からメールが届くなんて聞いたことがない。

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授業中の教室を何気ない顔で通り過ぎて、メールで指定された場所へと向かう。よりにもよってどうして体育館なんて。だんだんと教室から聞こえていた声がなくなっていき、静寂だけが広がる、体育館の前へと到着した。その中から微かにボールの跳ねる音。おそるおそる扉に手をかけると、ギィ、と錆びれた音とともに扉が開いた。

「基山先生・・・」

長い脚でサッカーボールを操る基山先生の横顔に見惚れていると、それを脚で固定した後基山先生が私のほうに向き直った。目が合うと、柔和な笑みを浮かべてくれる。

「遅かったね」
「わたし、授業中ですよ」

知ってるけどね、そう言ったあとずんずんと近づいてくる基山先生。

「なまえに会いたくて仕方なかったからさ」
「あ、・・・先生」

逞しい腕でぎゅっと抱きしめられると、ふんわりとただよう大人の香り。大きくてごつごつした手がわたしの髪を撫ぜる。それだけでわたしの心臓は大暴れで、また先生のペースに乗せられてしまう。

「・・・今日、出張なんだ」
「会えないって、ことですか」
「そういうことになるね」

声色はいつもと同じでも、腕にこめられた力で先生の心情がわかってしまうようで、少し複雑な気持ちになった。今日は先生の誕生日だから、初めて先生の家に行く、・・・はずだったんだけど。

「ごめん、なまえ」
「いえ・・・、」
「・・・好きだよ」

耳元で低く囁かれると、身体の奥のほうがじんじんと痛む。大きな背中に抱きついてみると「可愛い」そう先生が言った瞬間、頬がどんどん赤くなっていくのがわかった。

「顔真っ赤」
「み、見ないで・・・」
「・・・我慢、できないんだけど」

基山先生にしては珍しく余裕のない声で呟くと、ふいに先生の腕がわたしの肩を優しく掴む。じっと見つめられ、その綺麗に整った顔がわたしへ近づき、唇が重なった。

「せん、せ・・・」
「見ちゃったんだよね、昨日」
「え?」
「なまえがさ、クラスの男の子に告白されてるとこ」
「あ・・・でもわたし、」

わたしが好きなのは基山先生だけです、真っ直ぐと先生のきれいな目を見つめて言うと、先生は安堵したような笑みを浮かべた。

「わかってるよ、でも」
「?」
「・・・あー、やきもちってやつかな」

照れ隠しのように目を逸らす先生を、どうしようもなく愛しいと感じてしまう。本当はこんな関係がいけないなんて十分にわかっているけれど。

「先生だって、女の子と仲良くしてた・・・」

そんなの、教師だから仕方のない事だってわかってるけど。若くてスポーツが出来てカッコいい先生は生徒からも人気で、わたしが話しかける暇なんてほとんどない。先生を見かけると、いつでも女の子が隣で笑っている。そんなところを見て、わたしが焼きもちを妬かないわけがない。

「あんなの関係ないよ、内心はなまえのことでいっぱいなんだ」
「・・・先生」
「ほんと情けないよ、いい大人がさ」

先生がそんなにわたしのことを思ってくれているなんて思ってもなかったから、なんだかとてもくすぐったいような気がして基山先生の胸に飛び込んだ。すらりと細い先生のそのからだは筋肉も程よくついていて、わたしとは違う、まさに大人の男の人だった。

「・・・なまえ」
「また今度、先生の家に行きたいです」
「なにそれ、誘ってんの?」
「誘っ・・・!」
「冗談だよ、冗談」

目を細めて笑う基山先生。この優しい表情に、どれだけの人が恋に落ちたんだろう。そんな基山先生は今、わたしに笑いかけている。たったそれだけのことがとても嬉しくて、この幸せな時間の終わりを告げるチャイムの音なんて消えてしまえばいいのに、と思った。


授業よりも大切なこと
20121111

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