『好きな人が出来た』 なんて、そんな顔で言わないでよ。昨日まで優しく笑っていたのに、手を握ってくれていたのに。わざわざこんなところに呼び出して、それだけ言って、すこしの沈黙のあと、別れよう、と言って。わたしの返事を聞かないまま、わたしに背を向けて歩き出してしまった。あの人は進んで行ったのに、私はそこで立ち尽くしたまま、動けない。 「・・・みょうじ?」 どれくらい時間がたったのかわからないけど、気づけば私はその場に崩れ落ちるようにして座り込んでいた。こんな小さな公園を通る人はあまりいないから、静寂の中でわたしの名前を呼ぶ声だけが耳の中で新鮮に響いた。 「き、りの・・・く、ん」 「え、なに、どうした・・・」 そこには、クラスメートの霧野くんがいた。夕暮れの中に、霧野くんの綺麗なピンク色の髪の毛がぽっかりと浮かんでいる。霧野くんに迷惑をかけちゃだめだから、立ち上がらないと。 「なんでも、ない・・・」 「ちょ、うわっ」 立ち上がろうとしただけなのに、身体がふわふわして、脚ががくがくして、立ち上がれない。バランスを崩して、そのまま霧野くんに抱きかかえられてしまった。「大丈夫かよ、みょうじ・・・」華奢な見た目とは違い、片手でわたしを抱きとめてしまえるほどで、なんだかとてもがっしりとしていた。「とりあえず座ろうか」そのままわたしの手をひいて霧野くんは近くにあったベンチに腰掛けた。しっかりとわたしの腰を支えてくれているためか、とても距離が近いような気がする。 「言いたくないなら、いいよ」 「、ん・・・」 「みょうじの気がすむまで、俺は隣にいるから」 そんな霧野くんの言葉で、わたしの中の何かがぷつりと途切れ、それまで乾ききっていた目から涙がこぼれた。けれど、これはあの人との別れのせいではないのかもしれない。 久しぶりにあの人に呼び出されて、一人だけ浮かれて、新しく買ったワンピースを身に着けた。あの人に呼び出されることなんて、今までに一度もなかったから。わくわくしていた反面、どこかで不安もあったかもしれない。夜まで帰らないかもしれない、なんて言うとお母さんが許してくれないけど、友達とご飯を食べに行くなんて言ってうそをついた。ここへ来る途中、そういえば今日でちょうど一年だったな、とかたくさんたくさん考えてた、のに。 「・・・、っ」 うすピンクのワンピースをぎゅっと握り締める。しわになるかなあ、なんて心配も、すぐにどこかへとんで行ってしまった。だって、霧野くんの手がわたしの手の上に優しく重なったから。「・・・みょうじ」そのあと、真っ赤な空が広がっていたはずの視界が真っ暗になったかと思うと、霧野くんの声が耳元で聞こえた。あ、抱きしめられているんだ、って気づくのには時間がかかった。 「俺は、みょうじの笑顔が好きだから、」 「き、霧、野・・・くん?」 「泣き顔は、見たくない」 だからこのままで居させてくれ、って、霧野くんは呟いた。わたしの腰に回された霧野くんの腕に力がこめられて、もう片方の手が髪をさらりと撫でた。霧野くんの匂いに包まれながら、わたしは目を閉じた。 もうすぐ、よるが始まる。 よるのはじまりとおわり 20121022 ×
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