※高校生


「みょうじって俺に似てるね」
「・・・はあ?」

狩屋先輩は二重人格だ。女の子とか先輩とか、先生とか。そういった類の人の前では真ん丸い目をキラキラと輝かせ、まるで天使のように微笑む。けれど、なぜかわたしの前ではその目は釣り上がり、それこそ悪魔のような態度なのである。そんな狩屋先輩とわたしが似ているなんて。そんなタチの悪い冗談はやめてほしい。「わたしは八方美人じゃありません」世の中の皆さんの誤解を招きたくないから、せめてもの主張をしておいた。放課後の部室に二人きりという状況のなかで、狩屋先輩以外の誰がわたしのことを誤解をして、わたしが狩屋先輩以外の誰に対して主張するのかはまったく不明だけど。

「じゃあなんで、」
「はい?」
「俺の前ではツンとしてるのに他の奴の前ではへらへらしてるわけ?」

いや別にそんなつもりはないんだけど。「もしかしてあれ?ツンデレってやつ?」んな馬鹿な。わたしが否定するより先に、狩屋先輩がにやにやしながらわたしの性格を勝手に吟味し始めた。狩屋先輩の前でつんとしているのはまあ、否定しないけど。ほかの人の前でへらへらした覚えなんてないぞ。あーでも、女子の会話についていけないときとか、意見が合わないときとか。そういう面倒な場面に遭遇してしまったときは、なるべく笑ってやり過ごすようにしているのかもしれない。だってほら。孤立、したくないし。

「ってことは」
「・・・」
「みょうじが素を出してるのって俺の前だけってことか」
「・・・うーん」

・・・そうなるのかな。狩屋先輩の前では変な気を使うこともないし、心なしか狩屋先輩になら何でも話せる気がする。わたしは信頼してるのだろうか、狩屋先輩のことを。そういえばわたしがこの高校に入学したてのころ、初めて話しかけてくれたのは狩屋先輩だった気がする。・・・サッカー部のマネージャーやらない?狩屋先輩にそう勧誘された事が、わたしがマネージャーになるきっかけだった。あのときの狩屋先輩はまだ、真ん丸い目だったなあ。だって狩屋先輩の第一印象が、優しそう、だったんだから。今になっちゃあありえな「なんか今変なこと考えただろ」嘘です、嘘。「いいえ何でも」今でも狩屋先輩は優しいですから。ええそりゃあもう。

「・・・腹減ったー」
「だったらなんで帰らないんですか」
「みょうじ待ってるからに決まってんだろ」
「・・・はあ」

当たり前のように言われた。でもわたしには待たれる理由がわからない。・・・ていうか、早く帰りたいんだったらわたしを待つ時間を長引かせている理由であるこの仕事が早く終わるように、少しくらい貢献してくれてもいいんじゃないですかね。狩屋先輩にそれを求めても無理というのは重々承知していますけれども。


++


マネージャーの仕事というのは意外と大変なわけで、一人でそれをこなすというのはそれなりに労力も時間さえも消費してしまう。そんなわたしを手伝おうともせずに眺めるだけで、更にだんだんと文句を垂れてきた狩屋先輩は、きっと人間性的なところになにか問題があると思う。そんな狩屋先輩の言葉を軽やかに受け流しつつ、最後の仕事がようやく終わった。うとうとし始めた先輩に終わりましたと声をかけると、ぱちりと目が開いた。おっそ!なんていう声が聞こえた気もするけど、たぶん幻聴だ。

校舎は暗くて「なんだか幽霊でも出そうですね」と冗談で言うと、狩屋先輩の目つきがいつも以上に険しくなったのでやめておいた。怖いものが嫌い、なんてその顔で言われたら出てくる笑いをこらえる自身はな「俺、怖いのむり」「・・・」思わず緩んだ頬を隠すように手で口を覆うと、空いていた左手が急に体温を感じた。

「っえ」
「っ・・・つ、繋いでろ、手!」

ぎゅっ、と狩屋先輩の手がわたしを包んだから、笑うのも忘れてしまった。かわりに、先輩の赤く染まった横顔を見、照れ隠しの笑みがこぼれた。


恋かもしれない
20120324

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