僕はなまえちゃんの笑顔が嫌いだ。

男はみんな女の笑顔が好き、なんて定説があるけど、それはきっと違うと思う。一週間ほどまえに僕の隣の病室にやってきたなまえちゃん。初めて会ったのは病院の屋上だった。なまえちゃんはそこでぼんやりと空を眺めていた。なんだかとても、寂しそうな横顔。少しだけ見惚れてしまった。はっ、と我に返り、「こんにちは」そう一言話しかけると、なまえちゃんの細い肩が震えた。それでもゆっくりと僕のほうを向き、にっこりと微笑んだなまえちゃん。とても綺麗な笑顔で、見る人を和ませるような優しい笑顔だった。でも僕はその笑顔に、どこか違和感を覚えた。ずきん、と胸が痛むような、そんな感覚だった。


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深夜、なまえちゃんが僕の病室を訪ねてきた。眠れないから、傍にいてもいい?遠慮がちに問われたけれど、僕は断るという選択肢を持っていなかった。・・・そういえば、僕はなまえちゃんのことをよく知らない。強いて言うならば、知っているのは名前くらいだ。どこから来たのか、年齢がいくつなのか、どうしてここに入院しているのかも、知らない。「太陽くん」なまえちゃんがふいに僕の名前を呼んだ。「なに?」なるべく優しい声色でそれに答えると、なまえちゃんは「・・・怖い」そう一言、呟いた。それの意味はわからないけど、なまえちゃんの小さくて細い手は震えていた。その手を包むようにして、なまえちゃんの手を握る。

「大丈夫だよ、僕がいる」
「・・・ありがとう」

そう言って、なまえちゃんは笑った。
・・・また、その笑顔。どうしてかわからないけど、とても心が、痛い。心臓をきゅう、っと締め付けられるような、そんな感覚。笑っているけど、泣いているような、よくわからないけどそんな感じがした。そんななまえちゃんを見ていると僕のほうが泣きそうになって、「笑わないでよ、なまえちゃん」気がつけばそんなことを口走ってしまっていた。「え、・・・あれ、僕どうしたんだろ」なまえちゃんの驚いた顔を見て、ああやってしまった、と思った。だっていきなり、笑うな!なんて言われても困るでしょ、そりゃあ。

「ごめん」
「謝らなくても、」

「・・・ありがとう」

そう言って、なまえちゃんは泣いた。
静かに流れ落ちる涙が頬を伝い、ぽたりとシーツに落ちた。その、なんでもない一連の動作を見、初めて屋上で会ったときの、あの横顔を思い出した。寂しげな、でも、あの壊れそうな笑顔なんかよりも、ずっとずっと綺麗だ。僕には、なまえちゃんがどうしてあんなふうに笑ったのかわからないけれど、でも。でも、きっとなまえちゃんは、こんなふうに泣くということを知らなかったんだ。泣きたいときはずっと笑って、一人で涙を飲み込んで。・・・ねえ、いつからそんなふうに一人で笑ってたの?


「・・・今は、泣いてもいいんだよ」

涙を拭い笑おうとするなまえちゃんを、そっと抱き寄せた。



いてもいいよ
20120312
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