わたしがサッカーを始めたのは、お兄ちゃんが死んだ、そのすぐ後からだった。

大好きなお兄ちゃんはサッカーがとても好きで、よくわたしにサッカーを教えてくれていた。サッカーをしている時のお兄ちゃんの笑顔、父さんの笑顔、全部が大好きで、毎日が、とても幸せだった。

でも、お兄ちゃんは突然、死んだ。


お兄ちゃんがいなくなった日から、笑顔は消えた。父さんも、お姉ちゃんも、笑うことをやめてしまった。みんなお兄ちゃんのサッカーが大好きだったのに。
だから、わたしが強くなって、またみんなの笑顔を取り戻したい。ただ単純に、そう思った。





お兄ちゃんが死んでから10年が経った。わたしはあれから毎日毎日サッカーを続けた。女だから、多少のハンデがあるなんて痛いくらいにわかっていた。そんなとき、父さんはわたしに真面目な顔をして話をした。


「なまえはもう十分強くなった。どうだ、なまえ。サッカーで、世界を、・・・変えてみないか」


サッカーで世界を変えるなんて言う父さんの顔は大真面目で、正直よくわからなかった。でも、そんな事はどうでもいい。またあの日みたいにサッカーでみんなが笑顔になるなら、父さんが笑ってくれるなら、それでいい。わたしが父さんに紹介されたチームに入る理由は、それだけで十分だった。


「なまえはこのジェネシスというチームに入ってもらう」


父さんは言った。「このチームはね、とても強いチームなんだ。なまえと同じくらい、いや、それ以上に強いプレイヤーが揃っている」そして、このチームのキャプテンの事をすごく気に入っているという話も聞いた。父さんに気に入られるほどなんだから、その人はとても強いんだろう。わたしなんかが、そんなチームに入っていいのか。とても不安になった。


「さあ、ここだ」


長い長い廊下を歩いた先にあった大きな扉。横にあった機械を操作してその大きな扉を開く父さんの顔は、どこか悲しげな気がした。扉を開くとその先には、練習中のジェネシスの人たちがいた。「みんな、集まってくれ」父さんがひと声かけただけでさっきまで部屋の奥にいた人もみんながこっちへ向かって走る。


「さあなまえ、挨拶をしなさい」

「・・・なまえです、今日からここに入ることになりました」


短い挨拶をすると、チームのみんなはわたしをじっと見つめていた。「ところで、ここのキャプテンはどこへ行った」父さんが隣で声を上げる。「ここです」後ろから声が聞こえた。「ああ、ヒロト」・・・ヒロト?「すみません、父さん、少し遅れてしまって」・・・父さん?振り向くと、そこには。

お兄ちゃんが、居た。



「よろしくね、なまえ」





「・・・ッ!」


ばっ、と勢いよく起き上がると、わたしはベッドの上にいた。どうやら気を失ったらしい。なんだか、すごく。悪い夢を見ていた気がする。10年も前に死んだお兄ちゃんがそこにいて、わたしの名前をしっかりとその声で呼んだ。
けれど、そんなことがあるわけない。もう一度ベッドに寝転がると、わたしの見えた光景は、異様だった。白い天井と、お兄ちゃん。


「?!」


もう一度勢いよく起き上がり、その人物から距離をとる。「ん、どうしたの?なまえ」違う。お兄ちゃんじゃない。そっくりだけど、どこか雰囲気が違う。「・・・誰、ですか」恐る恐る口を開くと、一筋の汗が頬を伝った。「ああ、オレか」「・・・」


「ヒロトだよ、・・・基山、ヒロト」


ヒロトと名乗ったその人は、妖しげに、微笑んだ。





現実はいつも独りよがり
20120204
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