「あっくん」


俺の事をそう呼ぶ人物は、一人だけしかいない。昔からの幼馴染であるなまえだ。なまえとは最近ある出来事をきっかけに男と女の仲になった。簡単に言うと付き合うことになった。けど、いきなり幼馴染から恋人らしくふるまえなんて無理だったわけで。「篤志って呼べよ」とはいったものの、未だに俺はあっくんのままだ。その呼び方のせいで倉間に言われた。「あっくん(笑)俺もこれからあっくんって呼ぼっかな(笑)」ふざけんな。くそ腹立つ。・・・でも、結局その呼び方は嫌いではない。なまえだけがそう呼ぶのだからべつに悪い気はしない。もし他の女が俺の事を「あっくん」と呼んだ日にはその女を・・・いやなんでもない。


「あっくん!」

「あーあー、なんだよ」

「風紀違反」


しかめっ面で俺のほうを指差すなまえは風紀委員だ。小学校の頃も風紀委員と似たような仕事をしていた、気がする。なんだかんだ言ってなまえは成績も優秀で、真面目だ。ただひとつ足りないとすれば運動神経だろうか。言っちゃ悪いがなまえは鉄棒の逆上がりも出来ないような奴だ。本人はかなり気にしているが、俺はべつにいいと思う。出来ないことを一生懸命にやろうとする女って可愛いよな。話がずれたけど。


「ボタン、とめて」


ああ、これか。どうやらなまえは制服のボタンの事を言っていたらしい。今は冬だというのに、暖房のせいで教室がやたらとむし暑いからボタンをあけていたら、なまえに怒られた。ボタンのひとつやふたついいだろ、ほんとうになまえは真面目だ。いやまあ、そんなところも好きなのだが。言うまでもなく。


「んー、でも、この教室暑いし」

「内申に響いてもいいんならそのままにしとけば」


きっ、と俺を睨みつけるなまえ。んー、そんな顔も可愛い。仕方なくボタンを留めると、なまえの方を向いてこれでどうだ?なんて表情をしてやった。するとなまえは少しだけ頬を赤くして「今度から気をつけて」と言って自分の席に着いた。


〇〇


授業中ずっと考えてたんだが、どうしたらなまえは俺のことを"篤志"と呼んでくれるだろうか。このまま慣れるまで待つか?それとも全力で頼む。いや、べつにそこまでして呼んでほしいわけじゃないしな。あ、だったら無理矢理・・・は絶対に駄目だ。「・・・はあ」大きなため息をつく。こんな事で悩めるなんて俺、マジで青春。


「太一!」


休み時間がおわった途端、なまえが駆け寄ったのは三国のところだった。そういえば三国の下の名前、太一っていうんだっけか。なんかこの頃三国と話してないから忘れてた。・・・ってなんで下の名前。「あのね、太一・・・」笑顔で話しかけるなまえは、さっき俺のことを、風紀違反!としかめっ面で言ったなまえとはまるで別人だった。なんで三国は呼べて俺は無理なんだよ。ムカつく。


「おい」

「ん、あっくん?」


2人の間に割り込んでなまえの腕を掴み、思い切り引っ張る。「痛っ」小さく顔を歪ませて抵抗を試みるが、そんなもの男の俺に通用するはずもない。三国が隣で「おい南沢!」と俺の名前を呼ぶ。つうか三国ってどことなく保護者って感じがする。「うっせえおかん」「なんだよおかんって」三国に舌打ちをしてなまえを教室から連れ出す。そのままなまえの抵抗する声も聞かずに普段なら誰も使わない教室へと連れ込んだ。


「ちょっとあっくん、」

「黙れよ」


なまえの目を睨みつけていつもよりも低い声で呟く。なまえの肩がびくりとはねるのを気にせずにそのまま乱暴に口付けると、なまえはへたへたとその場に座り込んでしまった。


「っな、にすんの!」


きっ、と俺を睨みつけるなまえ。俺の経験上、普通の女ならここで可愛らしい反応をしたりするはずだが、なまえの場合はそれをしない。あー可愛くねえ女。


「太一太一、って、うるせえんだよ」


言葉を放った途端、なまえが目を丸くした。なんだよ、馬鹿にしてんのか。「ねえ、あっくん」だからそれをやめろっつってんだろ、イライラする。なんだこの感じ。「やきもち焼いてくれたんだ」にやりと笑うなまえ。


「ッ・・・はあ?」


おまえなんかに嫉妬するかよばーか!そう乱暴に言ってなまえから顔を背ける。すると後ろからなまえのくすくすと笑う声が聞こえた。「何笑ってんだよ!」なまえの方を向くとなまえの顔が近づいてきて、・・・キスされた。


「な、なっに・・・すんだよ!」


なまえからされたのはこれが初めてだったせいか、かなり動揺して心臓がばくばくと蠢いた。なんだ俺、女々しい。「ねえ」なまえの綺麗な瞳が俺を捉え、離さない。「あっくんもやきもちやくんだね、可愛い」「うるせえ黙れ!」顔が熱い。これが赤面というものか。「あ、間違えた」ふとなまえが言葉を訂正した。



「篤志」



やっぱり俺はこいつには勝てない。


抱きしめた曖昧


リクエストありがとうございました!
20120204
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