なんとかなる! それが、彼の口癖である。 私が見た限りでもいろいろな場面で使われてきたこの言葉。実際この言葉を聞いたあとは事がスムーズに進む、というか、なんとかなっている。近頃これが一種の予言ではないかと私は思いはじめたくらいだ。 ◎◎ マネージャーの仕事が一通り終わった後、空を見上げると雲ひとつもない真っ暗な空が広がっていた。左の手首に着けた腕時計に目を落とすと、短針が6、長針が10と11の間を指していた。完全下校を23分ほど過ぎている今の時刻は、5時53分だった。 今の季節が夏ならばこの時刻でも蝉が鳴き、子供たちが真っ黒に日焼けした肌を晒して外で遊びまわっている時間だろう。しかし今の季節は冬。当然ながら蝉が鳴く事もなく、外で遊びまわる子供も皆無というわけだ。願わくば私も早く家に帰りたい。 そんな世間でならば雑談と呼ばれるような話を頭の中でぐるぐると巡らせながらいつのまにか部室の前に到着。 部室に入ると、なんとかなる!の発祥主と目が合った。そう、彼が松風天馬だ。 仲のいい西園くんが早々に下校していたから、てっきりもう松風くんも帰ったのかと思っていたけど。 「あれ、まだいたの」 「あ・・・はい」 私より2つ年下で中学一年生の松風くんは6割が笑顔で2割が真面目な顔(これはサッカーの時だけ)、そしてあとの2割は困り顔、が今のところの表情のバリエーションだ。いやこれはあくまでも私の意見だけども。 ・・・そんな松風くんの新しい表情を発見した。目の前の松風くんが肩を落として明らかに表情を曇らせている。これは暗い顔だ。無論、部室が暗い所為ではない。 「松風くん、どうかした?」 「え?」 唐突な問いに目を丸くする松風くんは、その問いの意味をわかっていない様子だった。問いに補足を付け加えて再び言葉を投げかける。 「なんか元気ないと思って」 「・・・そんなこと、」 「西園くんたちとも一緒に帰ってないみたいだし」 「・・・」 「・・・松風くん?」 「・・・」 「・・・えー・・・と」 黙り込んでしまった。 ・・・いやはや、どうしたものか。あの元気な松風くんがこんなにしょんぼりするなんて何か大きな理由があったに違いない。 松風くんの隣に腰を下ろし、顔を覗き込む。 「ね、松風くん」 「・・・はい」 「私でよかったら聞くよ」 「・・・」 いい人ぶってみた。 けれど松風くんは眉ひとつ動かさず。 ・・・かと思えば勢いよくばっと頭を上げ、私をその大きな瞳に映し出した。 「松風く、」 「失恋しました」 失恋したらしい。 ・・・失恋? この言葉が部活内で一番似合いそうにない(あくまでも私の見解に過ぎない)松風くんは爽やかにそれを言ってのけた。 ・・・それ以前にまず、恋なんかしてたんだ。というのが私の感想だったりもするけれど、今はそんな感想を伝えるべき場ではないと思ったので、それは心の中にしまっておく事にした。 「えー・・・もうちょっと詳しく聞きたいな」 「とりあえず、告白して、フられて、・・・で、落ち込んでるって感じです」 落ち込んでる割にはそんな事平気で言えるものなんだ、と恋愛とは全く無関係の私は思った。 ドラマとか漫画とか小説とか、とにかく現実世界とはかけ離れた世界で度々みかける"失恋"に対する扱いはかなり重いものだと私は承知していたけど。目の前で起こっている"失恋"は小説の世界で言うと1ページにも満たないような軽さで扱われているのだと私は思った。 「ふうん・・・そっか」 「はい」 こういう場面に遭遇したことのない無知な私は、とりあえず励ます、という無難な選択肢しか持ち得ていなかったので、早速それを使うことにした。 「・・・大丈夫だよ、松風くん」 「?」 「ほら、私がいるでしょ」 これは(相談相手の)私がいるでしょ、という意味だ。取り違えないで頂きたい。 「・・・なまえさん」 「ん?」 私の方へ向き直った松風くんに名前を呼ばれたかと思うと、頭に軽い衝撃が走った。と同時に目の前には松風くんの顔、そしてその背景には普段上を見上げない所為か、あまり見慣れない部室の天井が映った。この状況を簡単に説明すると、押し倒されている、といったところだ。 「慰めてください」 「・・・はい?」 これはこれは。 この体勢でこの台詞、そしてその後にくるものは恋愛に関して全く関わりのない私でも大体想像のできるシチュエーションで。つまりベタな展開というわけだ。 「待って、松風くん今のはそういう意味じゃな・・・」 「大丈夫です」 何を根拠に大丈夫などと口走っているのだろうか、この爽やか少年は。 「大丈夫じゃないって、」 「なんとかなります」 なんとかなる! ・・・今までこの言葉を信じて疑わなかった私だけど、今回だけは確信した。 なんとかならない事もある 2012年初の小説です(^O^)あけまして! 20120105 ×
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