「──ねぇ、ママ」
「ん?」
上着の裾を引っ張る小さな手に、衣服をたたむ手を止めた。
自分で言うのもなんだが、私がこんな家事をするようになるなんてと内心苦笑して母親とあかりに感謝した。いや、ほんとにビシバシ鍛えてもらった花嫁修業は助かっている。
「どうした?」
自分を見上げているくりっとした可愛らしい目に問いかける。最近はいろんなものに興味を持ち始めたらしく「なんでー?」と問いかけてくることが多くなった。
今回もそんな事だろうと聞けば、案の定「あのねー」と口を開いた。
「みほちゃんがね。パパとママはちいさいころからいっしょでね、けっこんしたんだって。だからわたしもりくくんのおよめさんになるのーっていってたの」
「みほちゃんとりくくん?」
「ほいくえんのおともだちー」
えーっと、みほちゃんとりくくんってのはこの子の保育園の友達。それでそのみほちゃんとやらの両親は幼馴染かなんかでずっと一緒にいて、結婚もしたから自分もりくくんと──って事を言ってたって事なのかな。
はぁー、もうそんな話してんの?最近の子供はマセてんなぁ。
「ふーん、それで?」
「パパとママは?」
「ん?私と佐…──パパ?」
「うん、どうやってけっこんしたの?」
「どうやって──…」
どうやってと言われても、私と佐為の関係は普通じゃない。時を遡ったと思ったら性別変わって結婚しました!なんてもう本当に全然普通じゃない──でも。
「ママもみほちゃんのママとパパと同じように小さい頃──よりもちょっと大きくなった小学生の頃からパパと一緒にいたの」
「ママもずっといっしょ?」
「そう」
佐為とは再会してからずっと一緒にいた。本当にずっと。
私にとって佐為は特別で、佐為にとって私も特別だと思っていた。これまでも、そしてこれからも。それが当たり前だったから。
だからずっと変わらないとそう思っていたけど──でも二人きりだと思ってた世界はどんどん変化していった。プロになってからは特に。
佐為は強い。そして綺麗だ。格好いい。そんなの私が一番よく知ってる。佐為に惹かれる奴が現れるなんて分かりきった事だった。
プロの世界にも見目がいい奴らが多いかったとはいえ、それでも佐為は人気だった。私なんかが足元にも及ばない、綺麗で可愛い人とかいろんな人に囲まれた。
それは当然といえば当然で、佐為にプロになるよう背中を押したのは私だったけど、それでも面白くなかった。
──いや、そんな事、私が言える事じゃない。文句なんて言える立場じゃない事なんて分かってたけど。
佐為に八つ当たりして、避けて、そんな自分に自己嫌悪して。自分じゃあどうにもできない感情に振り回されて──そんな時に佐為に「傍にいる権利を下さい」と言われたのだ。
そんな権利なんてなくても傍にいれるだろうと、どういう意味か初めは分からなくて戸惑っていればぎゅっと抱きしめられて口説かれた。もうやめてくれと思わず叫んでしまうほど、それは甘い甘い言葉で。どっからそんな言葉思いつくのか、思い出しただけでも恥ずかしい。
まぁそれで佐為と付き合い始めたわけだけど。何故か皆にそれを報告すると「まだ付き合ってなかったのか」と呆れられた。何でだ。
「ママー?」
「ん?あぁ、そうそう。それからたくさんの人に出会っても、ママにとってパパがずっと特別だったの」
「とくべつ?」
「──そうだなぁ、結婚するならパパしかいないと思ったんだ」
──これからもパパとずっと一緒にいたいと思ったんだよとそう微笑めば、分かったのかわからなかったのかふーんと小さな頭を何度か縦に振る。それからちょっと首をかしげてじっと瞳を向け。
「とくべつ、できるかなぁ?」
「お前も?そうだね、いつかきっと」
だって普通じゃない私たちの子供だから。
この子にもそう思える人に出会えればいい──私がずっと傍にいたいと思った佐為のような人と。そうなった時、私は、佐為はどんな反応をするだろう。笑って祝福出来るだろうか?
小さな頭を撫でつつ、思い浮かべることができないまだ先の未来に、幸せだと小さく笑った。
きみがぼくのせかいのすべて
(私も結婚するならママしかいないと思ったんですよ)(うわぁ、佐為!!)
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綾音さま & 楪さま、この度は企画にご参加くださりありがとうございました。大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした!
リクエスト内容は『迷える子羊』の『子どもがいる話』と『馴れ初め話』という事でしたのでくっつけてみましたが、いかがでしょうか?子供に馴れ初めの話をする感じで書こうとしたんですが……(汗)
気に入って頂ければ幸いです。
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