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「あのね、小森。いきなりでゴメンね」 それは本当にいきなりのよーに訪れた。 ノゾミからのまさかの呼び出しに、小森は自分でも何がどうなってるのか分からぬほどに動揺していた。 「……その……」 ――え? え? 何で俺、こうなってるんだ?? 立ち入り禁止のプールの前で、ノゾミは恥ずかしそうにもじもじとしながら何かを迷っているようだった。私服姿のノゾミはやっぱりお洒落な女の子で、雑誌なんかに載っていてもおかしくないような女の子だ。今日はいつものお団子ヘアーではなくて、ポニーテールのようだった。夏休みになったら染めると意気込んでいただけあって明るい髪色は陽の光を反射して更にきらきらとまばゆかった。 「ええい、もう言っちゃえっ!……あのね、小森。私ずっと……」 「あー。あーあ、あー゛あー!」 「何?」 「い、いや、う、うん……つ、続けて」 「……。小森の事、好きだったの。良かったら、付き合って欲しいな」 ノゾミがそこまで言い切った後、小森の返事を待つようにぎゅっと目を閉じた。 「あ……あー」 ――けど、俺が好きなのは…… 小森はノゾミの肩に手を乗せると、何かを断ち切るようにぐっと堪えた様な表情になって、そしてようやく話し始めた。 「ノゾミ、俺もノゾミが大好きだぞ」 「え? え? じゃ、じゃあ……その」 「でもアレだ。恋愛とは違う、卑怯な言い方だけど」 「……」 何となく予感していたのか思っていたよりノゾミは落ち着いていて、そこまで落胆した様な表情も見せなかった。 「――妹みたいってやつ?」 「そう。むしろ弟?」 それを聞いてノゾミの堅苦しかった表情がほつれたように、ぷっと吹き出して見せた。 「何それ、じゃあ私って男?」 「正直、男友達みたいな感覚で見てる。ほらノゾミ、腕相撲つえーし、それにゲームもめっちゃ上手いじゃん」 「……何それ」 そこでまたノゾミが一つ吹き出した。 「けどノゾミは可愛いし、お洒落だし、ほんといい子だしさ。絶対、もてるよ。どこに出しても恥ずかしくない立派な娘だ、俺が保証する」 「小森に保証されてもなーっ!」 わざと声を高らかにしてノゾミが言いながらぷいっとそっぽを向いた。ノゾミは顔を上げてちょっと鼻を啜った。泣いているんだろうか、とは聞けずに小森が黙って見守った。やがてノゾミがいつもの可愛い笑顔を作りながらこちらに振り返った。 「でも、残念! 小森、やっぱ好きな人いるんだね」 「え? ちげーよ」 「……公認の妹、なんだよ私は。何でもお見通しだし!」 へへ、とノゾミが付け加える様に笑って見せた。 「小森の事だから、鼻の下伸ばしてセフレならいいよ〜とか言うんだと思ったのに。そこはちょっと見直したよ」 「なっ……ちょっと止めてよね〜。何か最近みんなして俺の事ケダモノみたいに言って……」 「冗談! 小森はそんな事言える奴じゃないよ。そんな度胸絶対無いしね、浮気してもすぐ顔に出ちゃうタイプだと思うな」 馬鹿にされているのか褒められているのか……まあ褒められているんだと言う事にしておいて、小森は苦笑いをした。 「流石。何でもお見通しで」 「でっしょ? あー、でも何かスッキリした! ありがと、小森。好きになった相手が小森で良かったよ、こういう振られ方で何か安心してる……弱虫だね、私」 ノゾミはそう言って眩しいくらいの笑顔を浮かべていた。やっぱり泣いているように見えるのは逆光でそう見えただけなのか、確かめる間もなくノゾミはふいっとあっちを向いてしまった。 「頑張ってね。小森」 「うん。ありがとな」 言いながら、自分よりも背の低いノゾミの頭に手を置きながら小森が笑った。ノゾミはその瞬間、笑いながら泣いていた。 「アイス買ってやるから泣き止んでよ」 「ハーゲンダッツじゃなきゃ泣きやまない。あと喉乾いたからお茶もおまけして」 「……お姫様ですねえ」 その日の晩、片瀬から呼び出された。物事って立て続けに重なるもので、何も無い時は本当に何も無いままなのに何か一つ出来ると次々予定が入りこんでくる。片瀬はこの前、仲直りしたあの公園のベンチで待ってると告げて来た。言われた通り自転車を走らせて部屋着のまんまで片瀬の元へと走った。 「待った?」 「……いや」 片瀬は静かにそう言って首を横に振った。よいしょ、と片瀬の横に腰掛けた。 「んで、何だ話って」 「――告白するよ、俺」 さっきのノゾミといい、用件まで似て来るのは何故だ。と小森は驚いた。すぐに冷静になって聞き返した。 「え、いや……マジで? 志麻に? 告んの?」 「振られたっていい。その時はその時だし。毎日もう、考えるだけでどうにかなりそうでさ」 片瀬がこんな事を言うのも珍しかった。相当思い詰めたような顔をさせて、何だかこっちまで息苦しいじゃないか。 「――それでさ、小森。お前も一緒にどうかなって」 「へ?」 「いや、嫌ならいいんだけど……何か先に俺だけ告白するって言うのも、何だか抜けがけっぽいかと思って」 こりゃまた思いきった提案をするもんだ。 「う、うーん……それなんだけどさ、片瀬」 「? 何だ」 「いや、ごめんやっぱ何でも無い」 出かけた言葉を小森が不自然に飲み込んだ。 「で、いつ告白すんのさ」 「二、三日中には」 そこで片瀬がすっくと立ち上がった。 「ふーん……」 「小森、お前はやっぱ単独でやるか?」 「……分かんねえ。でも、お前が告白する時覗きに行っていい?」 「は? 何で。お前は何もしないのにか? 冗談」 「片瀬がフラれたら指差して笑ってやるよ」 そこで小森も立ち上がると止めてある自転車の方へ向かって歩き出した。籠の中に入っていたスーパーの袋から小森はガサゴソと何かを漁っている。 「? 何だそれ」 「花火。しよーぜ! ほれほれ」 「……水は」 「ほい、バケツ」 用意のいい事で、小森はバケツを水飲み場に運ぶと水を汲み始めた。男二人で花火なんぞして何が楽しいんだ、と初めは片瀬も愚痴をこぼしていたようだがいざ点灯したらそれなりに盛り上がってきたらしく気付けば二人ではしゃいでいるのだった。 花火を振りまわしながら小森がしゃがんで黙々と花火をしている片瀬に声を掛けた。 「なー、今日ノゾミに告られたー」 「え?」 「だからー。お前の言った通り、ノゾミ、俺の事好きだって」 「……で、どうしたんだよ、返事は」 「うん。友達のまんま」 やがて火が弱まって行き、消えた。再び辺りは静寂と闇とが支配する世界になった。燃えつきた花火をバケツに捨てながら、小森が続ける。 「ノゾミ可愛いし、もっといい奴いるよ。俺みたいなのより、もっと真面目で背ェ高くて、イケメンなのがさ〜んで、頭もいいの」 「……好きになるってのはそういうんじゃねえよ」 聞き取りにくい程小さな声で片瀬が呟く。小森はそれが聞こえなかったのか次の花火に火を灯し始めた。 「……なあ片瀬」 「ん?」 「……」 「え?」 口を動かしているのは見えたのに花火の音で肝心の言葉が聞きとれなかった。 「すまん、小森。何て?」 「いや、大したことじゃない。ごめんねごめんねーっと」 おどけた口調で言いながら、小森が笑った。やがて最後の一本も燃え尽きて、二人はそのまま夜の道を並んで帰り始めた。 「さっき、何て言ったんだ?」 「内緒〜。片瀬が告白成功したら言ってやるよ」 「……」 それからお互い別れて家についた。 「あんたどこ行ってたのよ。こんな時間に」 「片瀬と会ってた」 「か、片瀬くんと!? ちょっと人様の子ども連れ回すなんてそれも片瀬くんを……」 「あっちから誘って来たんだってば」 何だかアレな言い方だが、本当の事なのでしょうがない。言いながら小森は部屋のドアを閉めた。すぐにため息をついた。ベッドに顔面からダイブして、枕を抱きかかえて悶え打った。意味の分からない奇声が漏れた。 「お兄ちゃんうるさい」 それだけを言うと寧々は開けた扉をすぐに閉めてしまった。 「――これが叫ばずにいられるかよ」 ――ごめんなさい、俺嘘吐きました…… 「畜生、片瀬ぇえええ〜〜ッ……好きだぁ、もうマジ好きだ!」 今度はベッドの上でゴロゴロ転がりながら小森が胸の内を抑えきれずに叫ぶ。枕を更にきつく抱きしめながら小森は足をばたつかせながらベッドの上を右往左往する。 「何かさぁ……気付いちゃったんだよ俺。志麻も可愛いけど、そうじゃないんだよね。志麻のために必死になってく片瀬が、そう片瀬が! 恋してる片瀬が! もう堪らないんだよ、あんなねじれた変な眼鏡かけてたはずのダサ男がさぁ、腰の位置スゲー高い服ばっか着てたアイツがあんなに垢抜けて……クソー! 傍で見守っていた時間が長いだけこう知らない面を知って行くにつれて、ああーーーもう! 可愛すぎんだろあの男!」 小森はそこで起き上がると、いてもたってもいられなくなり机に向かい始めた。 「こういう時はポエムでも書いて気持ちを落ち着けるか。えーと……」 その日の晩、休みなのをいい事に夜通しで自分の気持ちをひたすら紙に書きなぐり続けた。気付けば夜は明け、机の周りには紙が散乱していた。 「お兄ちゃーん。友達とプール行くんだけど、日焼け止めとかさー持ってな……ってお兄ちゃん!?」 その中央で寝転がる兄の姿を見て寧々が心底驚愕したようだった。 「……?」 足元の紙を拾い上げると寧々は早速目を通した。 「何これ。ポエム? やだ、何この薄っぺらい詩。きんもっ」 「ンだと!」 そこで小森がようやく目覚めた。 「まぁどうでもいいんだけどさ、お兄ちゃん前使ってた日焼け用のあの薬貸してよ。スーッってするやつ」 小森が無言のままそれを渡すと寧々は可愛く「ありがと」と御礼を言って扉を閉めた。 「……薄っぺらいか? そうか……」 自分から片瀬への思いの浅さを指摘されたようで何だか余計に傷ついてしまった。 - - - - - - - - - - お、ぉお〜何という……。 ←前 |