04、


 予約してあった個室に入ると、何だかやけに気が落ち着いた。廊下は廊下で子ども達が走り回るし、こういう人混みに慣れない自分達にとってはちょっとばかり苦痛とも呼べる時間であった……。

「この部屋みたいだよ」
「――あ、ああ」

 セラが言いながらその和室に近い形の宴会場へと足を進めると、有沢もどことなくぎこちない感じでついてきた。セラはそんなに意識していない(少なくともそう見える)ようだが、有沢の心臓は割とバクバク早鐘を打っている。

「結構広いね、神父が言うには結構人気の店らしくてこんなギリギリで予約取れたのは幸運だって」

 セラが話しながら腰かけると、対する有沢はやけによそよそしいといえばいいのか――いやいや、創介に続いて有沢にまでそんな態度を取られるのは流石にちょっと傷つく……。

「そ、そんなに離れて座らなくても……」
「と、トイレに行きやすいように端っこがいいんだ、うん、トイレは大事だから」

 緊張のあまりか意味不明な事を口走る有沢だったが、セラはそれも「そう」と軽く返事してやるのであった。

「……。そ、その……」
「?」
「セラ、は、良かったのかと……」

 たどたどしい調子で紡がれたその言葉に、小首を傾げていたセラだったが、黒目がちなその目をぱちくりとさせた後に言った。

「あ、ああ。うん。いいんだ、別に。――あいつも何かあんな調子だし……、出来れば一人でゆっくり風呂に入りたくて。有沢もそうだろ?」
「そ、そうだな……どちらかといえば……、あの、ええと……」

 やはり落ち着かない様子で、有沢は続けた。

「喧嘩でもした、のか?」

 心配そうに問いかける有沢に、セラがその『喧嘩』という響きがちょっぴりおかしくて本当にくすっと微笑んだ。

「違うよ。喧嘩も何も、あいつとは何もないからさ」
「何も!?」
「うん。何も言ってこないし、創介ったら」

 けろっとして答えるセラだが、有沢は本気で驚いていたらしい。いやいや、あんなに親しげにしていた癖に吊り橋効果が消えた途端にその消極ぶりとはこれいかに。

「あ、あいつそこまで気取れるようなキャラじゃないだろ……」
「ふふ、そうだね。――でもここまで避けられると、本音がよく分からなくなってきたな」
「セラはどうなんだ?」

 やはり心配するような調子で問いかけてくる有沢に、セラがややあってから答えた。

「それは……勿論、僕も創介と一緒にいたいよ。でもあいつが避ける以上、それも叶わないかもね」

 好きという言葉は用いなかったけど、それで十分なように感じられた。

「――、何やってるんだ、あいつは」
「だよね。言ってあげてよそれ、本人に」

 少し笑いを交えながらセラが答えたが、思っていた以上に有沢は本気で受け止めているらしかった。まあ、両者共に同じ人を好きになって争った結果がコレなんだから彼が納得いかないのも当然であろう。

「セラ」
「ん?」
「その……」

 やや言い辛そうに口籠り、有沢が意を決したように続けた。

「お、俺で良ければ」
「?」
「俺で良ければ喜んでピエロになるけど」

 ピエロ……、これまた古めかしい言葉で、平成生まれスマホ育ちのセラにはピンと来なかったらしい。セラが一体何を想像しているのか、物凄〜〜〜く困惑顔になっているのがよく分かった。二十代と十代のジェネレーションギャップを感じたところで、有沢が咳払いをして言い直した。

「間を取り持つのに利用していいんだ、ぞ」
「……、り、利用って何だそれ? そんな真似出来るわけないじゃん」
「いや! 軽く受け止めないで真剣に考えた方がいいぞ、これは。多分あいつ人の事はうるさく言うが自分の事は考えられないタイプだから」
「僕よりそれよく分かってるね、創介の体質」
「冗談じゃないんだ、俺は本気で――」
「あーーーーいい湯だった! お二人さんも入ったらどう?」

 白熱しかけたところで、その扉が開いて一同が戻ってきた。それぞれ持ち寄りの私服姿もいれば、フロントで貸してもらえる備え付けの部屋着姿になっている者もいる。部屋着姿の凛太郎は一真の横で相変わらずのテンションを保ったままで叫んだ。

「飯食ったら卓球だぞ卓球!」
「ナンシーちゃん何でそんなに隠れがちなの?」
「す、すっぴんだから……あんま見ないで……」

 やけにしおらしいナンシーはタオルで顔を覆いながらこそこそとしているのが分かった。旅をしている最中はこってり盛りまくっていたメイクだっただけに、頑なになる気持ちが分からなくもない。

「で、何? お二人さんコソコソしてるけど怪しくない?」

 不躾に言い放つのは雛木で、雛木は腕を組んでセラと有沢を思いっきり邪推していたようであった。が、怪しまれたところで別に何かしていたわけじゃないし、事実無根の潔白である。雛木だけじゃなく創介もこれには動揺しまくりである……もし二人に何かあったとしても、まあ自分が招いた結果なのは致し方ないとして、いやいやいやいや……! 何か急速に胸が締め付けられる思いのする創介は、あれこれ想像が働いてしまい恐ろしくなって一人ぶんぶんと首を横に振った。

 一同とりあえず席に着くと、気を利かせてミミューが創介とセラを向い合せに座らせてやる。それもすごく自然な流れでそう配置するのだから、流石は年上である。

 それでもやっぱりやけにもじもじっとする創介に、ミミューは頭を抱えたい思いでいっぱいだ。何なのこの子。いや、本当に。これまた僕がひと肌脱ぐわけだな、とミミューが助け舟を出してやるか……と重い腰を再々に渡り上げるのであった。

「ほら、ここの料理美味しいんだよ〜! ね、どうかな? セラ君のお口に合う?」
「うん、美味しいよすごく」
「良かったー! 創介君はどう? ほら、創介君自分で料理するくらいだから味にうるさいんじゃないのかなーーーなんて!」
「う、うん……美味しいよ」
「ホントに!? あー、良かった! ね、創介君は普段も料理とかするんでしょ? 最近はどうなの? 僕も食べたいな〜!」
「う、家に来てくれればそれはいつでも振る舞うよ……」
「え、ほんとに!? 聞いたセラ君、じゃあ僕らでお邪魔しに行こうか! ね! ね!」

 アルコールもそこそこだろうに声高らかに宣言するミミューにも、創介は何度か小刻みに頷きを繰り返すだけだ。

 やがて少し離れ、ちびちびとグラスで冷酒を飲んでいた有沢(乾杯のビールはもうとっくに終わったらしい)が飲みさしのままそれを一度置いた。

「……」

 明らかに何か様子が違うのを、雛木は女の……いやいや男の勘、むしろ人外の勘でさっと見抜いたらしい。予想通りに有沢は無言で立ち上がると、そのまま喧騒を潜り抜けるようにして廊下へと出て行ってしまった。

「あら。どうしたんだアイツ、ゲロかな?」

 凛太郎の指摘はあながち間違っていないような気もする、と、思いそれから雛木は有沢の残した料理を密かに全部平らげておくのであった。日頃の仕返しのつもりで。


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