02、


「でッッ! だよ。どうなったんだよ、君達。お父さんはもう心配です!」

 創介と二人で飲んだり喋ったりするのは大体この店が多い。と、言っても創介自身は飲まずにジュースやお茶をちびちび飲みながら飯を頬張るくらいだ。そして愚痴ったり、愚痴を聞いたりと、まあどっかの女子のような事をする。

 焼き鳥を食べながらミミューが創介に叱り飛ばすと、創介は何とも言えなさそうな顔をしていた。

「どうなったって何が??」
「あ、しらばっくてれちゃってもう〜。知ってるんだぞー、全く進展してないんでしょ?」

 ちなみに今日のミミューの私服だが、これまた酷い。黒地のTシャツには白いゴシック体で書かれた『私は佐藤ではありません』のロゴが浮かんでいて、創介はそれを見て「そうなんだ……」と内心思いつつ特に触れはしなかった。そもそも苗字もそうだけど、下の名前さえよく分からない。

 下はよれよれのグレーのスウェットを履いていて、普段のヒーロー姿の方と比べると二割増し残念な感じだ。そりゃああのヒーローの格好もコスプレっちゃあコスプレだろうけど、ビシッと決まっていて格好いい。少なくとも今の姿に比べれば……。

「えぇ? 何、また俺の話なのぉ?」
「そりゃそうだよ! 僕が一体どんだけ君達の事気にしてると思ってか」
「気にしてるも何も神父に話せる事は……」
「あっ! ほらね、やっぱりね、な〜んもないんでしょ!……ったくもー、一体何がそんなに嫌なの創介君は!」
「い、嫌なわけないじゃん……た、ただ、まあなんつーか」
「何? 何なの??」
「……今の関係が壊れたら嫌じゃんみたいな……」

 ボソボソと消え入るような調子で話されたそれに、ミミューから真っ先に飛び出たのは「はぁあ!?」という声である。

「ないない! ほんとないから! 創介君、今更そ〜〜〜んな純情ぶっちゃって通らないよそれは!?」
「し、神父ったら声のボリュームが……、まさかもう酔ってらっしゃる?」
「あのねー! 良くない、良くないよ〜それ。今の状況を創介くん、君の方からこう、パリーーーーーンッ! とね! 割らないと、ね!?」

 言いながらミミューは空中に向かって一つ突きを繰り出すようなポージングをして見せた。いちいちリアクションがオーバーで、見ていて本当に飽きない。面白すぎる。が、まあそれを言うとつけあがるので特に触れずに流すのが一番いいだろう。

「だってさー、神父だって本気で恋したらそうならない? 今の関係が楽しすぎて終わるのが嫌だからこのままでいたいみたいな……うん」
「いや、ならないよ。だってさっさとセックスしたいじゃん」
「んもー! ほんとそういうの無理、無理無理! リームーですわ!」

 今更ながらに似合わないような台詞を吐きながら創介は苦々しい顔で出し巻き卵を一口食べた。

「まあ女の子ならいざ知らず、相手は男だよ創介君。きっと向こうだってとっととセックスしたいと思ってるよ。男ってみんなそんなもんだよ、うん」
「神父の基準で話すのやめてくださーい。いやあのさあ、その感情とまた別じゃない? 恋って」
「いや、僕はあんまり。むしろ創介君は本命じゃない女の子ばかり食い物にしてるんだよね、そっちの方が酷いよ。僕は女の子にそんな事出来ないなあ〜」
「いやぁ、女の子とも遊びますけどセックスはしないんですよ。セックスは。口までとか手のみとか。俺女友達の事正直風俗だと思ってる部分ありますわ」
「ほらねーーー! 今の子ってほんとそれでしょーーーー!? キモイわ〜〜〜!!」

 若い男が二人して居酒屋でセックスセックス連呼しまくるその光景は、傍目から見ればお前らの方がキモイという話だっただろうが、まあ酔っ払いなんて大抵がそんなもんだろう……周りの視線がいよいよ気になりだしたところで、ようやく声のボリュームを一旦落ち着ける二人であった。

「ごほん。……僕の彼氏もさー、そうなんだよねー! 妙に遠慮がちっていうかさー、性欲はある癖にカッコつけてな〜んかこう、俺は紳士ですよ〜みたいな感じで振る舞いだすんだから。その世代ってどうしてこう、素直じゃないのかね!? 思えば有沢君もそんなとこあったでしょー、俺はスケベな事考えてないよフフフン、みたいなさ〜」
「いやあれは酷いよ神父、己の欲望に貪欲すぎるくらいに忠実ですよ。セックスマシーンだって」

 そこで何を思ったのか、ミミューが生中の入ったジョッキを片手にピタリと一旦停止した。創介はそれに気付いていないのか、はたまた気付いたところそんな微々たる変化いちいち取り上げるでもないと判断したまでなのか。創介は気に入ったのか相変わらずだし巻きをモソモソと頬張りながら、どこか遠い目をさせているようだった。

「……有沢君ねえ……」
「うん」
「元気かなあ」

 何を思うのかミミューはそんな風に呟いて、残ったビールをぐいっと飲み干した。しっかしいつ見てもいい飲みっぷりだ、惚れ惚れしてしまいそうなくらいに。

「あいつ俺からの連絡はほとんど無視するしなあ、嫌われてるのか何なのかよく分からんが」

 創介の言葉に被せるよう、ミミューは空になったジョッキを置いて一度口を拭った。

「……、ねえ創介君。今度さ、みんなでまた集まる企画立てよっか」
「え? あー、うんそうだね……。って急だな!? 何でまた?」
「いいから。ラインのグループに一斉送信するけどさ、これでいい? 文面」

 見て、とばかりにミミューは自分のスマホを早速ぐいぐいと押つけてくるのだが創介はこれに何だか嫌な予感を覚えてしまう。……いやいや、気のせいだろうか。流石にそれは彼の好意を無碍にする失礼な思考回路だろーか。

「え、あ、ああ。うん。いーんじゃない? でも何で突然……」
「いいから! 最近みんなで会ってないしさ、いい機会だからね! 僕らばっかり二人で会ってたってしょうがないしね!」

 うんうんと一人で納得するようにミミューは勝手に話をとんとんと進めてゆくのだけど、果たしてそう上手くいくもんだろうか? 奴らみんなして住所不定のわけあり物件ばかりだしなあ……と考え込んでいると返信が届いたのだろうか? ぴこん、と聞き慣れた通知音がしてミミューが「早っ」と一言漏らしたのでまあその通りに迅速な返事の人間がいたんだろう。

「凛太郎君オッケーね。多分一真君もセットでしょ」
「……暇なのかしら」
「あっ、ナンシーちゃんもオッケーだって。さっすが現役高校生はノリがいいねぇ」
「おいおい、双子はまだしも女子高生が単身男どものむさくるしい場に乗り込むのって勇気いるでしょ。友達でも連れて来てもらえば?」
「そんな事言って創介君はその友達に手を出しかねないからそれはやめておくよ。お、有沢君も来るって。いいねいいね〜」

 いつも思うんだけど有沢のヤロウはどうやってその文面を読んでるんだ? 毎度の事ながら不思議でしょうがないのだが、それにツッコミを入れていてはキリがないのでまた後日にするとしてだ。有沢が来るのならば雛木も来るんだろうし、残るは……。

「せ、セラは連絡手段持ってないでしょ」
「それだと困るからねー、使い捨てのピッチ与えておいたんだよ。安いから」

――いつの間に……!

 何てぬかりのない男だ、この神父。

「ショートメール打っておいたけど返事来るかな〜?」
「来ないよ」

 と、気恥ずかしさゆえなのか妙に消極的で自虐的な気分になりながら、創介はぷいっとそっぽを向いてしまった。

「あ、来た」
「嘘!?」

 思わず素の声を漏らしながら、創介が正面を向き直った。ミミューが「どれどれ?」とスマホの画面を見つめた。ああ、どうか、単なるメルマガか迷惑メールか別の人間からのメールであってくれ。

「セラ君返事はやーい」
「……。それで、で、何て?」

 来るな。来てほしいけど来るな。頼むから体調が悪いとか言って断ってくれ。……いやそれは何か可哀想だ。体調が悪いのは駄目だ。一人で寝込んでるセラなんか考えたくない。気分が乗らないからとかそういう場所は好きじゃないからとか、云々かんぬん……。

「あっ、意外と気さくにオッケーだって! やったね!」
「……」
「何、その顔。……嫌なの? だったら創介君はパス?」
「いっ、いや! いや!」

 それこそ有沢とセラが急進展しちゃうかもしれないじゃないか! とは言えずに創介はがばっと身を乗り出した。

「そそそそそんな事ないっすよぉ、でも何? 複雑? うん」
「ははは、若いねえ〜」

 軽く笑って流されてしまったが、創介自身には結構複雑な問題なのだ。これが。傍目から見ればそりゃあアホの戯言としか思われないのかもしれないけど、だ。――ああ。どんな風に顔合わせりゃいいんだ?

 案外自分は気が小さいのかもしれない……。




ナイトメア七不思議:
有沢と雛木の連絡手段。
闇深な部分なので触れてはいけない(戒め)


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