01

 呪われた部屋だった、そこは。
 破滅と絶望の音が軋む、悪意の籠った巨大な口のようであった。そしてその舌の上で、彼は、いつもと変わらない様子でそこに構えているのだ。

「なっ、何なんだよこの状況はコラァ!!」

 キャンキャンと小うるさい叫び声によってはっきりと目を覚ますヒロシだったが、気が付くと自分の身体は後ろ手で拘束されており、且つ冷たい床の上に寝転がされた状態である。
 まず、自分の思う事は隣でマツシマが叫んで代弁してくれたのでいいとして、問題は目の前で妹の上司……そう、彼が、ルーシーがにやにやと笑いながらこちらを見下ろしているという事だ。王座よろしく椅子に腰掛け、膝を組みつつ自分達を見る目つきと言ったら何と例えれば相応しいやら――とりあえず得体の知れぬ恐怖を胸に、ヒロシは何も言わずにルーシーの出方を窺っていた。

「そう言えば君達二人にはしっかりと罰を受けてもらっていなかったのでね、一度ちゃ〜〜んと懲罰を与えなくちゃなあ……と思ってまして。今時の子って想像力働かないのか悪い事するとどうなるか、というのを理解しておりませんから」
「何ブツブツ言ってんだよ、つぅか懲罰ってなに」
「何とぼけてやがるんだよ大罪人どもが。お前らのしでかした罪をお天道様が見過ごしてもこの僕様が見過ごすかと思うのか。まずマツシマ、お前は僕の大事な人を汚そうとし、そして隣のヒロシ君も僕の大事な人その二の命を奪おうとした。……あー、で、つまり君達を僕が正しく導きますよ。僕の元本業ですから薄汚い悪餓鬼の更生は大の大の大の大得意です」

 にこにこ、にっこり、と一見すれば人の良さそうな笑顔を浮かべるルーシーだったがヒロシは一度痛い目を見ているのもあってなのかその裏に隠された真実を知っている。痛い程に知っている。だから、ここで彼が何を考えているのか、どう出るのかははっきりと分からなくとも逆らうのがいかに愚かな事であるのかは重々理解しているつもりだった――。

「何だよつべこべうっせぇな……よく分からんけどこの後ろの手のやつ取ってくんない? あと一発殴らせろてめぇ。そのうっすら笑いすっげー腹立たしい」
「ん〜、あれだ、何だ。立場を分かってませんねえ、マツシマ君とやらは。そっちのヒロシ君は賢いだけあって理解が早いようですが……?」
「……」

 後ろ手にきつく縛られ拘束されたままで(ところで誰が縛ったんだろう、まさか妹が噛んでないだろうか……)ヒロシはいつもながら険しい顔のままでルーシーを見つめていた。

「……じゃあ、何をすれば自由にして頂けるんでしょうか」
「おお、やはり僕の読み通り! 君はとってもクレバーで話が早い、助かりますよ。全くね」
「おい九十九! 何ちゃっかり媚びてんだよてめぇ、お前だけしれっと抜け出そうってのか。ヘタレ! 弱虫! キンタマついてんのかよこの雑魚がっ!!」

 キャンキャンうるさいな、と思いながらもヒロシはおくびにも出さずルーシーのみを見据えていた。ルーシーもルーシーで、マツシマの騒ぎ声はカチ無視なようでヒロシしか視界に入れていないようだった。
 一度不敵な笑みを口元に浮かべた後、ルーシーは腕を組みつつ椅子から立ち上がった。こんな状況であっても、彼の仕草や表情はどこまでも透明に見える。

「僕を満足いくまで楽しませてくれれば解放してさしあげましょう。簡単ですよ、僕は笑いのツボがとぉっても緩いんで」
「はぁ、楽しませる??……何だよ、俺らに漫才でもしろっての。いやいやいやいや勘弁、冗談言うなっての馬鹿」
「分かりました、一体何をすれば? 具体的に指示があれば、僕らも動きやすい」
「って、おい勝手に決めるなッ!」

 ヒロシの言葉にルーシーは「おお」と肩を竦めて仰々しくこちらを見つめた。

「い、今てめぇ悪代官の口元になっただろ! 俺は見たぞコラ!!」
「なるわけないじゃないですか、僕は英国紳士と武士の精神を二つ合わせ持った男ですよ」

 すかさずルーシーが笑い笑いに返し、それからこちらに向かって足を進めて来た。

「そうですねえ……ふむ」

 二人の前に立つと、ルーシーはしげしげと二人を交互に見比べ始めた。今にも噛みつきそうな勢いのマツシマと、大人しく鎮座したままのヒロシは冷静というよりもほとんどあきらめの心境か。ルーシーは口元に当てていた手を解放すると、それから開口一番いつもの半笑いの表情で、言った。
 宝石のような彼の目が、半分に欠けた月のように歪んだ。

「――抱き合え、僕の目の前で。ハグじゃないぞ、愛し合う男女がやるように今すぐここでしろ」

 突きつけられた宣告は思いのほか悲惨なもので、しかしながらどこか冷静に受け止める自分もいた。少なくともヒロシは覚悟していたようだが、マツシマはそうではなかったようで、これもまあ範疇内だった。が、マツシマは怒鳴るのかと思いきや爆笑を始めた。傑作なやつだ、と身を屈めてひぃひぃ笑った。顔を上げた。

「おいおい俺の方が笑っちゃってどーすんだよ!……ばっか冗談言えよ、何で俺とこんなクソ眼鏡が」
「いいです、よ、……それで終わるんですよね」
「は!?」
「ええ。物わかりのいい子は手がかからなくて僕は大好きです」

 やり取りを進める二人に、マツシマは笑うのを止めてどういう表情をするのが正解なのか迷っている風な顔になった――「まじ?」。
 それから、硬い表情で唇を噛みしめるヒロシに向かって両手の自由の利かない身体ですり寄った。

「ちょ――お前何考えてんだよ、ほ、本気でやんのかよ」
「……僕はまだ死にたくないんです……」
「は、はぁ!?」

 その口ぶりと来たら、まるで一度ルーシーに殺された事でもあるかのような真に迫るものがあったがまあ事実、殺されかけたのだ。ヒロシは、彼に。ヒロシはほとんど人形みたいな無表情のままで、まるで自尊心を守るべくして共犯者でも作ろうとしている犯罪者のような目つきをこちらに一度向けた。

「い、いやちょっと……冗談っしょ?」
「縄、解いて下さい。手が使えないとどうしようもないですよ」

 ヒロシの申し出をルーシーは曖昧な笑みと共に承諾するのかと思いきや、そうではなく、彼の手が向かった先はマツシマの方であった。座った彼の背後から、ルーシーは無許可に手を伸ばしたかと思うとマツシマのベルトをかちゃかちゃと外し始めた。

「ちょっ……!」
「なに、そのくらいでしたら僕が補助しますよ? ほら、手じゃなくとも出来るでしょう」
「か、勝手に触るなよ!――クソ!!」

 いともたやすくそこを寛げられたかと思うと、ルーシーは彼が脚を閉じぬよう腰から回した手でそれを阻止するのだった。グラビアアイドルのようないわゆるM字開脚状態にさせられて、マツシマは目の前で膝をつくヒロシを見上げた。

「お、おい! やめろ、近づくな、近づくんじゃねえぞそれ以上!!」
「――すぐ、終わらせるようにしますから。なるべく努力はします」

 力無く言ったヒロシの頼りない事と言ったら、普段の切り返しとは百八十度程違いすぎて末恐ろしくなってしまった。絶望しきったような目つきでこちらを一瞥するヒロシの弱々しい目に心臓を打たれたような気がした――ああ、駄目だ。こいつ本気だ。

「はーいちょっと失礼しまーす、っと」
「ッ、んあっ」
「ほぉらヒロシ君、僕がこうしてた方が咥えやすいでしょう?」
「さ・触んな、っんぅ……!」

 いちもつを不躾に握られると、あれやこれや思う前に屈んで膝を突いたヒロシがおずおずと舌を差し出してきた。薄く細めた目が、不覚にもとてもエロく思えた。

「下手くそでも我慢して下さいね、やった事なんかないですから」
「ほ、本気……?」

 初めは流石に男のナニを舐める事に抵抗があるのか(当たり前だが)一瞬の間を置いたのち、ヒロシは諦めたようにそっと舌を添えた。

「ん、んぅあ、っちょ、ま……ッ……」
「やっぱり男の子ですねえ、すぐ固くなっちゃいましたよ。ほらね?」

 マツシマの肩越しからルーシーが面白げにその光景を眺めているので、耳元にかかる吐息が鬱陶しい――まるで犬が水でも飲むようにして、ヒロシは口での行為を続けていたがいよいよ正視し難くなったのだろうか、やがてその両目を固く閉じてしまった。

「おやおや初めてにしちゃあ上手でちゅね〜、ヒロシ君ったら。危惧していたような事はなさそうですよ、とてもお上手で♪ そうそう、そのまま丁寧に奉仕してあげて下さいね――その調子でもっと喉まで咥えこんでみて、ホラ!」

「つ、九十九、もういいって……あ、あとは俺、自分で……ッ」
「『自分で』何? 手が使えないんだからお友達に手伝ってもらいましょうよぉ、ここはぁ」
「――う、うるせぇ!……んっ、ちきしょうやべ、九十九、俺もう無理っ……」

 宣言通りにマツシマはそのままヒロシの口の中に吐き出してしまった。ここ数日ろくにマスも掻かず溜めていたせいで、どろっと濃い色合いをした精液をぶちまけたようで飲みこみ切れずに口の端からは白濁した液体が零れ落ちていた。

「ん、……あ、……はっ――く、くそ、望み通りにしてやっただろ……もう終われよこんなの、畜生……」
「おんやぁ〜? まだヒロシ君が満足してないんですから、もうちょっと我慢なさいよ。それにねぇ、僕は言いましたよね――男女が愛し合うようにして抱き合え、と」
「は、はぁ?」

 射精の余韻でくたくたになっているマツシマから離れ、ルーシーはうつろな眼差しでそこに膝を突いたままのヒロシの元へと腰を下ろした。

「じゃ、次はヒロシ君の番ですね……上手に彼のを挿れてあげてください?」

 もはやほとんど光を宿していない目を地に向けたまま、ヒロシはルーシーになすがままにされている。さながら着せ替え人形のような状態にさせられている彼を茫然と見つめていたが、マツシマはぜぇぜぇと肩で息を吐きながら今しがたルーシーの吐いた言葉を改めて不審に思った。

「!?……ば、馬鹿かよ、俺はもう――」
「若いんだからどうせまたすぐ復活しますよぉ、ほらほらぁ」

 相変わらず笑顔のまんまで、ルーシーは今度は正面からマツシマのいったばかりのそれに手を伸ばした。

「高校生なんて一番やりたい盛りじゃないですか? ねえ? ほら、僕が扱いただけですぐ固くなってきました。もう一戦頑張ってみましょっかぁ」
「ふっ、ふざけんな、ンッ……あ、ああっ」
「ほら、ヒロシ君も突っ立ってないで言ってごらんなさいな。君は今からどうしたいの?」

 ルーシーが振り返りつつ、後ろ手に縛られたままでやはりぼんやりとしたままのヒロシへと向かって尋ねかけた。その下半身の戒めはルーシーの手によって解かれていたので露わにされたままというのが酷く哀れである。

「し、します……」
「ん? 何を? ちゃんと言ってくれなきゃ聞こえないなー。何をするの? これから君は一体何をするつもりでいるのかな?」
「そ、そいつと、せ、性交します」
「……ん〜、ギリギリ合格かなぁ」

 尻餅を突いたままのマツシマを跨いでから、ヒロシは唇を噛みしめた表情のまま対面したままで腰を降ろした。

「ちょっ……やめろ九十九、お前自分が何してんのか分かってんのかよアホ!」
「わ、分かってます……僕は僕にとって賢い選択をしているつもりだ」
「俺とするのがかよ!?……冗談じゃねえ! やめろ、絶対挿れんぞ!?」
「はいはい暴れるの禁止、上手く入らないよ」

 再び背後からの、ルーシーの拘束。ヒロシがそのまましゃがむと、マツシマの半勃ちになった先端が、まだ馴らしてもいないそこに宛がわれた。

「っ……」
「あ゛っ……」
「ほら、まだ先しか入ってないじゃないですかぁヒロシ君? 怖がってちゃ大人になれないぞぉ、っと」

 言いざまルーシーがマツシマの肩越しに腕を伸ばし、ヒロシの肩を掴んだ。臆して中腰姿勢でいたヒロシだったが、それも強制的に終了させられた。体重を掛けられると、ヒロシのその腰が一気に沈んだ。




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