02、

 騒ぐ曜一郎等は無視して、イリアはやはりさして気に留めたような気配さえ見せずに萎えたままのそれにそっと口づけでもするみたいに舌を這わせた。恐ろしく冷たい舌先の感触が、曜一郎の背中をぞくっと総毛立たせたのだった。

「っ……んぅう――だ、駄目だってばイリア……聞いてよ」

 とは言いつつも手荒にそれを退かしたりしない辺りが、やはり男としての本能には逆らえない。それも好きな相手から……という事だろうか。

「ン、うっ……! な、何もここでしなくとも……もっと場所選んでも、よかったんじゃ、っ」

 既にくたびれた物はなく、イリアから与えられる舌先の感触とその不可思議に冷たい奇妙な温度によってかすぐにそこに血液が集まるのを感じていた。分かりやすい程に主張を始める愚息に、しばらく激務の日々に追われて処理するのも面倒になっていた事を思い出した。

「ふ、ぁあっ……な、何でそんな上手いの? 凄く気持ちいいんだけど」

 ムードを壊しかねない月並みの感想が、口から微かな吐息と共に滑り落ちてくる。するとすぐ傍の仕切りの向こうで、ざわつく声を聞きつけた。やばい、と慌てて曜一郎は両手で口を押えたのだった。

「んっ、……ッ――、」

 それでも隙間から漏れるような甘い声に、今自分はものすごく間抜けな顔をしていないかとちょっと不安になってくる。

「い、イリア……も、もうっ、ん……」

 そりゃあ男二十八歳、これまでに彼女がいた事もないわけではないし草食系男子多しと言えど、一応のところは童貞ではない。それなりに気に入った女の子にちゃんと言い寄って、経過を踏まえて、ある程度のお金と時間をかけてその行為に至った事はあるけれども……それとこれとは話は別というか。好きな人と添い遂げなくては意味がないというか。男ってバカな生き物だから、やっぱり好きな相手とでなくてはいつまでもいつまでも気持ちは童貞のままなのだ。多分。

「ダメだ、何か……ぁっ、出、出る……」

 しばらくお預けだったせいなのか、溜めこんでいたその欲はたっぷりとイリアの口内に放出されたようだった。全部は飲み込み切れなかったのか、僅かばかりの白濁を唇から垂らしながら指先でそれを拭う仕草の扇情的なさま。

 イったばかりなのにそれでまた復活しそうなくらいに官能的で、妖艶で、そして美しかった。

「ご、ごめん……もっと早く……言えばよかった」

 この際、背中が冷たいアルファルトである事などはもうどうでもよかった。曜一郎は肘を突いて上半身を起こしながら、快感にまどろむとろんとした目つきで手に残る自身の残滓を舐め取るイリアを見つめた。

「……イリア?」

 イリアはそれから自分もその衣装を上品に脱ぎ始めているのだった。

「え!? ちょ、ちょっとまさか……」

 起き上がろうとするとイリアに片手で軽くとんと押され、再び寝転んだ態勢に戻されてしまった。そんな曜一郎の上にイリアは覆い被さるようにしてやってくると、露出されたままの曜一郎の下半身の上を跨ぎつつ相変わらずの薄笑いでこちらを見つめてくる。

「――え、えぇっと……」

 目が合うなりイリアは娼婦の顔つきになり、淫靡に舌なめずりをするのだった。

――ど、どうしよう。任せていいんだろうか……

 流石に男とやった事はないので、ここから先の事は未知数である。果たして自分が入れられてしまう側なのか。それはちょっと勘弁してほしいかもしれない。いくら愛があっても心の準備というものが……と、ぼうっとしている時だった。

 イリアの指先の奉仕でまたもや元気になってきている自身の気配に、ちょっと苦笑する思いがした。どれだけ絶倫なのか、自分は。再びのようにそそり立つその頂きに、イリアは指先を添えながら丁寧に指の腹を濡らしてゆく。

 イリアはその指先を使い、自分自身を解しにかかっているようであった。何だか全てが全て、彼にやらせているような気がして申し訳なくなってきてしまう。思わず曜一郎も手を伸ばして、イリア自身を慰めるのであった。

「っ……」
「こんな時でも何も言ってくれないんだな……声、聞きたいのに」

 というか、男であるという以前に彼は人間ではない疑惑があるのだけどやり方は人間の交尾と同じでいいのか。

 イリアは多少さっきよりも熱っぽいような、色っぽい顔をさせてこちらを煽ってくるのだった。それからイリアは、曜一郎のペニスを掴むと自らの中へと導いてくれた。そして、先程ので最初で最後とばかり思っていた筈の接吻がもう一度ばかり。先程の、軽やかなキスとは違って今度はもう少しばかり下心の感じられるもの……イリアの少々長めの睫毛がそれで触れて、ちょっとこそばゆいのだけど。

 イリアは曜一郎の手を掴むと自らの腰に回させて、それからこちらを見下ろしてくる。瞳が綺麗だな、とこんな時にちょっと気障な紳士然とした事を考えてみる。が、そんなかっこつけも本能の前には屈伏してしまう――。


 
 もう会わない。もう絶対に、会ってはいけない。
 深入りしないって決めたんだから。



「……でも、案外すんなりいくものなんだなぁ」

 あれから、そのちょっと不思議な恋人・イリアはいついかなる時も自分の傍にいるようになった。何となくだけど、昔読んだそんな童話の法則として『掟を破るものは永久追放だ!』とか何とか叫ばれて、あの中年から激昂されでもするかと思っていたのだが……。

 とにかく、テントでの初めての情交の後。

 あんな堂々としておいて誰も気づかないわけもない、いそいそと服を着ていると現れたのはピンポイントで例の中年であった。彼も彼で事情を即座に把握したのか、さして騒ぎ立てる様子はなかったが、慌てた曜一郎がついつい彼の前で馬鹿正直に言ってしまった。

「っっ……せ、責任は取りますからどうか彼を僕に下さい!……え?」

 口に出してから訳が分からなくなったが、中年はふーっと息を吐きながら肩を竦めるのだった。

「――ま、止めてもいつかこうなるんじゃないかとは思ってたがなあ。もう少し先かと思ってたんだが」
「ご、ごめんなさい、ほんと――その、何ていうか……本当に今日で最後、今後会うつもりはなかったんですけど……と、とにかく俺が悪いんです。イリアは何も悪くな……」
「いい、いい。……俺もちょっと、意地になってた部分もあるんだ。いくら血は繋がってないったって、もう何世紀と一緒に時を過ごしてきた可愛い家族だから。そう簡単に渡せるもんかと思ってな」

 しみじみとそう呟くと、中年はシルクハットを片手で深く被り直したのだった。それから無言で背中を向けて、片手を上げてその場から去ってゆく。

「あ、ちょ……」
「俺達とアンタらの寿命は全然違うからな。どうあがいても、先にくたばるのはお前さんの方よ。それでもいいってんなら、時間が許す限りイリアを幸せにしてやってくれ」
「……」
「それとイリアも。そいつが先にいなくなって、また一人きりになって寂しくなったら戻ってくるといいさ。いつでも待ってるぞ」

 少しだけ物悲しい、そんな雰囲気を残したままで。

 あれからイリアはやはり幻影のように、いつも自分の傍にいてくれる。いつもいつも片時も離れずにそこにいるというわけではないけれど、曜一郎が心細くなったり不安になると気づくと隣にいたりする。

「ねぇイリア、突然ふっといなくならないでさ、ずーっと住むのはダメなの?」

 いつ尋ねても、相変わらず謎の多い彼はそれに答えてはくれない。ニコニコしてはぐらかすだけで、勝手気ままなスタイルはそのまんまだ。まあ、前よりも会える回数はずっとずっと増えたのだけども。

「もうちょっと人間らしい生活すればいいのになぁ……」

 少しでも共存してくれれば、もっとこの距離が近くなる気がするのだが長い事閉ざされた空間にいた彼には少々先の長い話か。彼の寿命からすれば、どうって事ないんだろうけど。
 

電子書籍読んで下さった
とある方からの一言で思いついたお話でした。
人の意見は結構参考になるのだよ。
こういうの見たい、とかさ。
いつも書けるわけじゃないけど
そういった皆様のちょっとした感想や
お言葉が創作のヒントに繋がったりするんです。
と、いいこと言ってる雰囲気だけど内容は完全セックス。
あまつさえセックス。たまったもんじゃねー!

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