落ちていく夢


「最近、有沢と喧嘩したの?」

 最近毎日のように決まってこう質問される。今日で何度目だろう、この質問を受けたのは。

 山崎は持っていたスマートフォンをいじるのを止めて顔を持ち上げた。

「いんや、してないけど」
「んじゃ何で一緒にいないの? 最近有沢ってば雛木にベッタリで山ちゃんと話さないし。どしたの」
「……いや、それは俺が聞きたいくらいで……」
「エ? どういう事、それって?」

 うーん、と渋るように顔をしかめる山崎にも今の状態が把握しきれていない、というのが本音だった。

「いきなり疎遠になっちゃったんだよな。俺怒らせたのかなぁ。有沢、最近やたら雛木のことばかり気にしてたしそれが関係してるのかもしれないけど」
「ふーん。大変だな」
「まぁ、コレでよかったのかもな」
「え?」
「雛木にさ、結構前から相談されてたんだ。有沢と仲良くなりたいんだけどどうすればいい? みたいに、俺のこと呼び出すわけよ。だから俺がさ、間取り持ってやるから話に来ればいいじゃんって言うんだけど雛木は恥ずかしいってそれを拒むし、どうしたらいいのか分からなくってさ」

 肩を竦ませて山崎が言う。

「へえ。じゃあ、まぁこれで雛木ちゃんの念願は叶ったんだね」
「……まぁそういう事なんだけどね、後味悪いよなぁ」













――俺にはもう、分かってしまった。雛木に感じていた違和感も、何もかも。その端麗な薄皮を一枚剥がしてしまえば、どす黒く濁った醜悪なものがどろりと溢れ出すに違いないのだ。こいつはきっと、人の心を持たない怪物だ。

 兄の話というのも実は作り話で本当は只単に理由無い殺しを楽しんでいるだけなのかもしれない。が、確かめる気も起こらず俺はあの一件以来鞄に近づく事も無い。触れようと言う気すらおきない。ただ、時々夢に見るのだ。あの鞄から、桐島や、船本が自分を呼んでいる夢を。

 お前ももうすぐこっちへ来るんだと言わんばかりに、どいつもこいつも面白いツラで呼びかけて来る。

 馬鹿言うな、お前らは雛木に選ばれなかっただけだよ。俺は、お前らとは違う。

「ねえ、有沢くん」

 雛木がまたあの鈴の様な愛らしい声で俺を呼んだ。俺の顔は日に日に虚ろになっていく。母にはどこか悪いんじゃないか、もう病院へ行こうとしきりに言われ、クラスの連中には以前の面影が無いとまで称されるほどに俺の人相は日を追う毎にやせ衰えていくようだった。

 返事する代わりに俺は生気のない目で雛木を見つめた。

「……そろそろ、新しいエサが欲しいな?」

 頬杖を突きながら雛木が呟いた。雛木は空いたもう片方の手であの鞄を撫でている。

「ああ……そうだな」
「次のエサはね……」

 雛木が次の宣告を耳元で告げる。

「え……」
「聞こえなかった? 山崎くん、だよ。それとも、出来ない? なら、別にいいよ。だって山崎くんは有沢くんの大切なお友達だもんね……」

 俺はまるで凍りついたような、無表情のまま小さく首を横に振った。

「そう。じゃあ、やってくれるんだね?」

 もう何も怖いものは無かった。
 俺が真に恐ろしいと思うのは雛木との別離だけであった。俺は一つ唾を飲みこむとよろよろと歩き出した。

「……なぁ、山崎」

 消え入りそうなほど小さな声だったが山崎はすぐに反応してくれた。嬉しそうな視線をこちらによこしながら山崎が迎えてくれる。

「今日の帰り暇かな……良ければ久しぶりにどっか寄ろうぜ」

 俺のすぐ背後で雛木がクスクスと笑うのが、分かった。

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ヒント:エスパー伊藤。
ザキヤマ逃げろォ!!


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