09
 涙ではり付いた前髪を避けてやると、黙ったまま数分見つめあった後に雛木と最初のキスを交わした。続いて二度、三度と唇を交わし、雛木の背中を抱き寄せながら何度も角度を変えて、それが何度も続いた。

 雛木は立て膝を突いた状態で、有沢の首に手を回している。有沢は夢中になって雛木の口内をしきりに犯した。

「……助けて」

 部屋の隅からどこからともなく弱々しい声がした。それまで目を閉じていた有沢はゆっくりと瞳を開いた。静まり返り、いつの間にか薄暗い教室内には有沢たち以外には誰もいない。気のせいだろう、と有沢はもう一度意識を戻そうとした。

「助けてくれ」

 もう一度その声は有沢の耳に届いた。雛木の声じゃない。

――じゃあ、誰の……?

 薄く目を開き、視線を再び動かした。ふと、雛木の後ろにあるあの学生鞄に目が行った。本当にごく自然に、何かに呼ばれたように有沢はその鞄を見た。

――何の変哲も無い只の学生鞄じゃないか

 そう思う反面、有沢はその鞄から目を離せずにいた。雛木に悟られないように有沢は鞄を何度も横目で見つめていた。

――何も無い、よな……?

 これといった異変もないが依然有沢はその鞄から目を離せずにいた。段々と薄気味悪くなってきて、半ば無理矢理とそこから目をそらそうとした。だがその瞬間、今度ははっきりと聞いてしまった。

「ここにいる」

 確かにそう聞こえた。今度は聞き取れるほどの大きさで、それは有沢の耳に届いた。ほんの一瞬だったけれどその声はどこかで聞き覚えがあった。

――桐島……

 有沢の記憶が正しければ今の声は桐島のものに違いない。それに気付くと同時に恐ろしくなり有沢は一瞬だけ雛木から身体を逸らしてしまった。

「……どうしたの?」

 すぐ目の前で雛木が上目遣いに問い掛けた。

「いや……」

 そう答えるので精一杯だった。雛木の耳には今の声が聞こえていないのだろうか。違う、そうじゃない。雛木はきっと知っている。今の声の事も、今の声の正体も、何もかもを。

「どこ見てるの? 有沢くん」

 そう言って妖しげに笑う雛木の目は決して笑っていなかった。殺気すら感じられるその言葉に戦慄した。示唆される様々な疑問について口に出すことは出来なかった。

「何でもないよ」
「だったら、こっちを見て」

 雛木の声に導かれるよう、有沢は再び雛木を見た。雛木の言葉には人間の理性を惑わせる毒でもあるのだろうか、有沢は魅入れられたように、また雛木を抱き締めて自ら雛木の唇を貪った。

 そっと目を開くとやはり同じ位置に鞄があって、よく見ると鞄の表面に人の手形が浮き上がっているのが見えた。
 鞄の中からまるで助けでも求めているように、二つの手形がはっきりと浮き上がっていた。手形は更に一つ増え、また一つ、そしてまた……引っ込んでは再び現れ、増殖して行く。それは幻聴だったのかもしれないが、鞄から無数に、地の底から助けを求めるような叫び声が聞こえてきた。

「有沢くん」

 再び雛木の声で視線を戻される。

 雛木は身につけている白いシャツに手をやると一つ一つ、ボタンを外し始めた。ぽかんと口を開いたままでいるこちらに時々流すような視線を送りながら、いつしか雛木は上半身を纏っていた全てを脱ぎ終えた。想像通りに生白い肌が露わになって、思わず釘付けになる。続いて雛木はズボンのベルトにも手をやると躊躇することなくそれを外しだした。

「雛木……」

 雛木は一糸纏わぬ姿になり、再び腰を降ろして有沢の前で膝をついた。金縛りにでもあったように硬直したままの有沢の元に雛木の手が伸びた。雛木はベルトを外すと今度はズボンのジッパーに手をかけた。それまで目の前の光景を只ぼんやりと眺めていたが、ようやく有沢は雛木のやろうとしている事を察知した。

「雛木、こんなとこじゃマズイって」

 はっきりと言葉になっていたかどうかさえ怪しかったが有沢は慌てて身を屈めて雛木を制しようとする。

「……でも、こんなんになってるよ?」

 すっかり勃ってしまったそれを下着越しに見ながら雛木が呟いた。
 躊躇することなく指摘されて何も言えなくなった有沢を見ると雛木は再び手を動かし始めた。
 ズボンと下着が同時に引き下ろされ、痛いくらいに勃ちあがっていた物に雛木は手を伸ばした。先端を軽く舐められただけでますます熱くなった気がした。今度は両手でそれを握ると雛木は身を屈めて、根元から舐め上げる。滲んだその液体を舐める仕草はいつにも増して妖艶に映った。

 今度は自分から快感を求めるように、雛木の頭に手をやった。すっかり雛木にいいように舌先で翻弄され、自分でも気付かないうちに恍惚の声を漏らしていた。やがて雛木がそこから口を離すと、今度は有沢の太腿の上に跨った。

 雛木の腕が首元に回りこんだ。先程とは違いすぐ眼前、有沢と同じ目線に雛木の顔がある。雛木は膝先を突いて立ちながらもう片方の手を床についている。

「――僕、有沢くんと、一つになっていい?」

 縋りつくように、喘ぎ喘ぎ雛木がこう言った。雛木の瞳はこの上ない美しさと妖しさで彩られ、愛欲という名の火が静かに、音もなく燃えているようだった。
 
 有沢はすっかり恍惚に喘いだ腑抜けの表情のままで、頷いた。それを聞いて雛木がひとつ舌なめずりをした……赤い舌がちらりと覗くその様は、なんとなく蛇を思わせた。

 有沢にとって男とのそれは初めての事なので、何の下準備もなく入るものなのか正直よく分からないが、雛木は自分の指を舐めた後、丹念にそれを使って慣らしているようだった。やがて雛木の細い腕が再び伸びてきた。
 未だ熱を帯びて勃ったままのそれを掴むと今度は自分の中へと導こうとしているようだった。

「ん……っ」

 思っていたよりその中は狭くて、思うようにいかないのか雛木は快感とも痛みとも取れない嗚咽を漏らした。それまで床に手をついていた有沢も雛木の背中を抱き締めて支えてやった。肩に手を回すと自然とその手に力が入った。

「あ……、んん……っ」
「あ、すげぇ、入っちまった……」

 雛木は息を漏らしながらその腰をゆっくりと沈め始めた。

「大丈夫、痛くないか……?」
「う、ん、平気……」

 そう言って雛木は膝を折った姿勢のまま今度は両手で抱き付いて来た。やはりヒンヤリとした感触で、その冷たさは益々蛇を連想させる。

「ねえ、有沢くん、僕頑張った?」

 耳元で雛木が囁く。有沢は無言でその頭に手を置いてから一回撫でてやると、女と座位でやる時と同じ要領で腰を動かした。

 動くたびに雛木がより強くしがみ付いてくる。雛木を支えるように強く抱きしめてやりながら、もう既に半分いきそうになっている事で頭が一杯になっている事に気がついた。

 雛木の洩らす短い悲鳴と吐息が耳元を突く。五分も持たずに発射はさすがに格好悪い気がして、いきそうになるたびに何度も違う事を考えていた。

 それもいい加減叶わなくなり、果てが近いのを悟った。

「雛木、ごめん、もう俺やばいかもしれない。外に出すから……」

 その後の処理が面倒だと思ったが、もう仕方なかった。

「……いいよ、このまま中で出しても」
「い……や、でも……それまずいんじゃな……い、だって、病気とかならない? よく分かんないけど」

 そんなこと言い出したら、こっちの方だってゴムもつけてないし、でもそんな余裕ももはや無かった。有沢が動くのを止めても雛木は止めようとはしない。

「雛……ごめ、ちょっと待って……」

 聞いているのかいないのか雛木はそれを遮るように余計に激しく腰を動かしてきた。全身が強張るように、思考が停止した。ぶるっと震えが襲ってきたかと思うと雛木が促したように有沢は雛木の中に全部吐き出した。全身から力が抜け落ちて有沢は雛木に覆い被さるよう抱き締めた。今度は雛木が有沢の頭を撫でる番だった。

「……この瞬間の男の人って、すごーく可愛いよねぇ……」

 雛木の嬉しそうな声がした。
 有沢は雛木の肩に顔を落として息を吐いた。平生でもそうだがいった後は途端に激しい疲労と眠気が襲ってくる、雛木に頭を愛撫されている今も眠気と倦怠感は激しく襲い掛かってくるようだった。それにしてもこの感覚は尋常ではないような気がした。それはもう意識を失いそうになるほどで、目を開けているのもやっとだった。

「有沢くん?」
「ごめん雛木……な、んかさ、すっごい……」

 言い終えるか終わらないかして、完全に意識が飛んだ。まどろむ視界の中で有沢はまさかこれが腹上死ってやつなんだろうか、とか馬鹿な事を考えていた。
 
 なすすべもなく全身の力が奪われていく。目の前の景色が、完全にフェードアウトした。

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『五分も待たずに発射』という単語が
異常に気に入ってしまい、
もう使いたくて使いたくてたまらなかったという
曰くつきのエロシーンできたよーーーー!!!!!
ピンポイントでズドン、ズドンと。


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