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「そういやさぁ」 昼食時、山崎が思い出したように言葉を発する。 「さっきの雛木で思い出したけど」 今しがた飲み込んだ昼食のパンが喉に詰まりそうになる、どうにか冷静な態度を取り繕いながら有沢が応答する。 「前言ってたじゃん、桐島先輩別れたって。あの原因がさ、先輩に好きな人が出来たかららしいんだけど……その相手が雛木だったって」 「ああ」 「何だ、その反応。もう知ってるって感じじゃんか」 「――仲野達がそん時言ってたからさ」 「じゃあ、この先知ってる? 先輩、雛木に告白したんだぜ」 昼食を食べる手が瞬間的に停止する。 「告白って……男に?」 「そう。先輩もアホだよなー、アミちゃん捨てて男に走るとか……あれだけイケメンに生まれついたのに生き方間違えてるって、絶対」 「一時の気の迷いとかじゃないの」 何故か一秒ごとに鼓動が加速して行く。喉の辺りが圧迫されて苦しかった、有沢は冷静を装ってはいたが今にも口から心臓を吐きだしてしまいそうだった。 「気の迷いで男なんかに告白するかね。一大決心しなきゃ出来ないべ、そんな真似。本気だったのは明確だなー」 有沢は無意識のうちに雛木の姿を密かに探した。雛木の姿は見当たらないのを確認すると安堵した。 「でも雛木、何かこう守ってあげたくなるって言うか、ちっちゃくて色白くて可愛いんだよね」 「……よせよ」 「あ、俺にそっちの気は無いからな! 誤解のなきよう」 慌てて山崎が弁解する。 ――そんな意味じゃない…… 止せと言いたいのは雛木と関わり合う事だ、と言いたかった。 しかし怪しまれるのも嫌だったので有沢はすぐにその言葉をしまいこんだ。ふと雛木が教室に入ってくるのが目に入った。しばらくの間有沢はそれを眺めていたが自然と目が合うのを恐れて慌てて目をそらした。 「あ、やっべぇ。次体育なのにジャージ忘れてら。ま、いっか」 背後では呑気な山崎の声がする。近頃どういうわけなのか、有沢は考え込む事が多くなった。 近頃、というかあの時雛木と接して以来――雛木について考え出すとまとまりがつかなくなり、そして我に返り、不毛な時間を消費した事を悔やむ。 この繰り返しだ。雛木の鞄の事とか、保健室で見たあの夢のこととか、あの時話した雛木との会話とか、あれやこれやと考えても結局答えは出せない。あの時雛木はあんな風に言っておきながらどうして自分に話し掛けてこないのだろうか。 そういえばあの時自分は一方的に会話を断って保健室を後にした、それに気を悪くしているのかもしれない。 だったら謝るべきだろうか。 しかし謝ろうにも話し掛けるキッカケが見つからない――こうしてまた悶々と悩んでは、ふっと現実に引き戻される……。 そのたびに止めようとは思うのだが気付けば魅入られた様にまた雛木の事ばかりを考えてしまう。最近、勉強にもあまり身が入らない。こんな風に考え耽っては一日を終える事が多い。日を跨ぐごとに疑問ばかりが積み重なって行く。 「――何だって言うんだよ、一体」 隣の部屋からは相も変わらず姉と、その友人達の喚き散らすような笑い声が響いてくる。 酒でも入っているのだろう、すっかり出来あがった様子で、時折手拍子なんか交えながら益々白熱してゆくのが分かる。 頭に来て、有沢は思わず壁に分厚い辞書を投げつけた。思っていたよりもかなり大きな音が一つして、瞬間的に静まりかえるのが分かった。 「ちょっとぉ……」 音を聞きつけて現れたのは母親だった。母親は部屋の扉をノックしながら注意を促してくる。 「ねえ、何なの? さっきの大きな音は何? 下まで響いて来たわよ! アンタ、いい加減にしてよね。いくら受験中でナーバスになってるとはいえ、もうご近所さんに言い訳するのは母さんこりごりよ」 「……クソババア」 椅子から立ち上がると有沢は部屋の戸を殴りつけて、戸の向こうに立っていると思われる母親に向かって牽制する。母親の小さな悲鳴が一つ聞こえて来た。 「悪いのは俺ばっかりかよ、毎回毎回! ふざけんのもいい加減にしろよ!」 叫びながらもう一度、扉を殴り飛ばした。拳が痛むのも忘れるくらい感情的になっている。 「いっつも俺の部屋に入ってコソコソ何してんだよ! 何でも勝手に漁んな、いじくりまわすな! 触るんじゃねえよ!」 扉の向こうに居る母は静かに泣いているのだろうか。 こんなに反抗的な言葉を吐くのは生まれて初めてだった、今までは母親を悲しませないようにという気持ちだけで耐えて来たものが崩れ去っていく気がした。 「何で俺ばっか我慢しなくちゃなんないの? どうして、姉ちゃんは何も言われないんだよ。なぁ、母さん。……母さん? 泣いてないで、何とか言えよ」 「――だって……、だって、お姉ちゃんはもうずっと前にいなくなったじゃない」 そこで母親がわっと泣き出すのが分かった。 「馬鹿言うなよ。そんなワケないじゃん、今だって横で大騒ぎしてんの聞こえないの?」 母親からの返事は無い。代わりに啜り泣く声だけが聞こえた。 「お願い、出てきて」 「……茶番に付き合ってられるかよ。俺には……もう時間が無いんだ」 有沢はベッドの傍に置いてあったガムテープを持ち出すと、扉の縁に貼り始めた。こんなの、何の効果も無いことぐらいは分かっている。聞こえて来る泣き声を聞かないふりをしながら有沢は無心で勉強机に向かう。 - - - - - - - - - - 有沢さんがマッマに反抗を……! 有沢氏はロリコンではないと思うけど マザコンの気がしてます。 いや勝手な思い込みだけどさ。 ←前 次→ |