04
 保健室の出来事以来、有沢は雛木と会話をしていない。あんな風に言っておきながら雛木の方は特に何の音沙汰も無いのだから、相変わらず進展も無く不明瞭なままだった。
 そしてやはり、雛木は相も変わらずあの鞄を肌身離さず携えている。 

「フナの奴、あれはやっぱ誰かに殺されたんやろか」

 休み時間、有沢と山崎を交えた複数人で話している時ふと一人が呟いた。

「ま、事故じゃないよな。酔って階段から落ちたって訳じゃないだろう。どう見たって」
「遅かれ早かれアイツはいつかそうなってたでしょうよ」

 船本の葬儀を終えたばかりなのもあってか、彼の話題は尽きる気配も無かった。

「……ちゃんと遺体が見つかっただけマシじゃないか?」
「有沢ちゃん、キッツ〜。ま、お前あんまフナの事好きくなかったしな」

 好きではない以前にあまり話した事も無いのだが、好きか嫌いかで問われれば好きじゃ無い部類に入るのは確実だろう。

「あ、これ兄ちゃん情報なんですけどね」

 それまで携帯をいじっていて顔すら上げなかった春山という生徒が唐突に切りだした。春山本人はそう凄くは無いのだが、兄がかなりやんちゃしてるらしく、そのせいで学校では有名人だった。
 春山自身もよく兄の名前を利用して幅を利かせている節はあったが、有沢の目から見れば悪い人とは思えなかった。春山は兄と仲がいいらしく、よく兄貴経由で様々な情報を仕入れては有沢達に話すことが多かった。

「ここだけの話にしといてくれる?」
「おおよ。何だ?」
「フナさぁ、あいつナンパとかで引っ掛けた女の子、風俗に紹介しては金もらってるとかって噂あったじゃん」
「あったねぇ」
「あれ、マジらしいな」

 そこまでは皆の想定範囲だったので、誰も驚いた様子は無かった。それを見て、春山が更に続けた。

「で、フナがいなくなる何日か前、夜の街であいつがしつこく、この学校の生徒に言い寄ってたんだと」
「女子生徒に? まさかこのクラスの?」

 山崎が興味津々そうに問い掛けた。思惑通りと言った表情で春山が笑って首を振った。

「……それが、俺の予想では雛木だと思うんだ」

 思いもよらぬ一言だった。有沢は平静さを取り繕いながらも内心予想だにしなかった言葉に激しく動揺していた。

「予想ではって何だよ」

 山崎が問う。

「兄ちゃんが言うにはね、背は低めなんだけど丸顔で目が大きくて、で、肌が病的に白くて、とにかく可愛くて一際目をひく感じの男の子だったって言うし。これって超ーーっ雛木じゃん。違う? そんな男子、いる?」
「……いないね」
「だろ。何か嫌がってるのその子の手を無理矢理、引っ張ってたらしいよ。兄ちゃんが助けに入ったら男子生徒はその隙に逃げたらしいけど、フナの方はもうヤッベー状態だったってさ」
「何々? やばいって?」

 興奮気味に山崎が答えを急かす。

「わけの分からない事を喚き散らしててさ、そりゃもう凄い顔してたって。ありゃ正気の人間じゃないぞって兄ちゃんが言ってたよ。で、そいつが言うにはアイツがいけないんだとか、アイツが俺のものにならないから、とか意味不明な事を叫んでたって」
「……」

 有沢は自分でも黙って聞いていられるのが不思議なほどに動揺していた。嫌な汗がじっとりと額を伝っていく。

「マジっすか……そら正気とは言えんわ。何、俺のものにならないって? だって、雛木ちゃんがフナと喋ってるとこ一度も見た事ないし」
「だから余計危ないんだって、勝手にフナが思い込んで暴走してたんだろ? 雛木に真相聞きたいとこだけどさ、これ秘密だから、お前ら余計な事すんなよ。そもそも雛木かどうかも謎なんだし」

 春山が念を押したように言う。有沢は思わず雛木のほうを見た。至っていつもと変わらない雛木の姿がそこにはあった。

「で、フナを取り押さえた後はどうなったんよ?」
「その手を振り解いてどっか走ってったってよ。あん時無理にでも警察にしょっぴいとけば、こんな事にはならなかったかもな、って兄ちゃん嘆いてたよ」
「ふーん……でもま、フナみたいな奴はいつかどうにかなってたと思うよ……」

 山崎がそう呟くと、みんな静まり返ってしまった。

 やがて皆がその場から離れて行き、有沢と山崎だけが席に着いたままその場に残っていた。有沢は動揺を悟られぬようにするための言葉を必死に探していた。

 何も、雛木と決まったわけじゃないだろう。だが、雛木が船本と一緒にいたという事実だけが今の有沢をこんなにも狼狽させているのだ。
 たまたま船本に捕まっただけ、という可能性のほうが高いだろうけれどもしそうじゃなかったとしたら……あれこれ考え込んで有沢は息がつまりそうだった。

――雛木は何で船本みたいな奴と関わりを持とうなんて思ったんだ。あんな最低の男と関わって何があるって言うんだ……

 ほとんど嫉妬に近い感情が、自分を支配しているのが分かった。

「でも、雛木と何があったんだろうなー」
「雛木って決まったわけじゃないだろ」
「けどそれ以外思いつかないし。そんな可愛い男子なんているか? 男子の制服着た女子だったってか? んな馬鹿な事ないっしょ」
「……二年か三年かにいるのかもしれないだろ」
「ええ〜? そうかなぁ」
「決め付けるのは止せよ。もし違ってて変な噂でも流れたらどうするんだよ」

 その言葉に不自然な間が空いた。

「何か、珍しいね」
「……は? 何が」

 わざとらしい声が洩れた。

「有沢がそうやってさ、人に対して真摯に向き合うのって」
「え……」
「あ、ごめん。悪い意味じゃないよ。ほら、有沢って結構クールだしさ、他人の事とかあまり興味無いのかな〜なんて思ったりしてたけどそうやって人のこと庇えるんだなってちょっと感動したって言うか」

 そう言う山崎は言葉を選びながら話しているような印象を受けた。

「すまん、何かこんな事態って初めてだからさ、自分でも気付かないくらい俺取り乱してるみたいなんだ」

 有沢がその場で思いついた言い訳だったが、山崎はあっさりと信じてくれたらしい。いつもの笑顔で返してくれた。

「へえ、お前でも冷静さを欠く事があるんだな」
「あるよ、それくらい。犯人、早く見つかればいいな」

 授業のチャイムにより会話はそこで遮られた。
 有沢は思わず雛木の席を見た。
 雛木は机の上にある教科書とノートに視線を落としたままだ。ふと、机の横に掛けられた鞄を見た。本当に何の気なしに、目を落としただけだった。
 見間違いかもしれないが鞄が左右に揺れた気がした。雛木がぶつかった様子は無い。ましてや風のせいなんかじゃない、本当に一瞬だったが、まるで鞄が意思を持っているかのように左右に揺れたのだ。

――まさか、な

 見間違いだと十分理由付けられるほど本当に一瞬の出来事だった。有沢はもう一度鞄を見たがそれは何の変哲も無い、いつもの学生鞄のままだった。


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この頃のアリーさんは
ほんと何と戦ってるんだろうな?

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