06


 
 その日の授業のほとんどを教室以外で過ごして、太一はようやく教室へと戻ってきた。奥町がいない事を何となく願いながら教室を覗くと、希望通り奥町の姿は無かった。

――もう部活行ってくれたか

 何故か胸を撫で下ろすと、太一は荷物をまとめるとさっさと帰ろうとした。

――そういえば今晩はどうしようかなぁ……まだ体調はマシになってきたけど

 多少、自分の身体に言い訳している節はある。喉の辺りが痛くなってきて、思っているそばから太一は一つ咳払いをした。

「どっか悪いの?」

 鼻をかもうとティッシュを取り出した矢先、突然声がした。

「びっくりした、いるならいるって言えよ」
「今戻りました」
 
 フジナミが教室の入り口から顔を覗かせている。

「シトリなの?」
「……一人だよ」

 鼻をかんだ後のティッシュを捨てながら太一が呟いた。

「偶然にも、僕もシトリでした」
「ああそう」

 ふと、昨日の夕方頃校門の前で突っ立っているフジナミの事を思い出した。

「ねえフジナミ」
「はい?」
「昨日、夕方の時校門の前で何してたの? 誰か待ってたの?」

 フジナミは少し考え込んだ後、何か閃いたように両手を叩いた。

「シミツにしてくれる?」
「安心しろ、ヒミツばらすような相手いないから」

 さして興味も無かったのだが、何となく会話の相手をしてしまった。フジナミは嬉しそうに耳元で囁きかけて来た。

「UFO呼んでたんです。UFO」
「……ふーん。そうなんだ、それって呼べば来るものなの?」
「僕が人生において、ソレを呼んだのは大体五十回と三度ほどでしたが、これまで一度も見た事は無いです」
「でしょうね」

 呆れたように言うとフジナミはまるで意に介した様子も見せず、口元に手を当てて子どものように微笑んだ。

「――気を落とさないようにしなさい。見てごらん、空はなんときれいに澄んでいるのだろう。私はあそこへ行くんだよ」
「え?」
「ルソーの遺言です。僕の好きな格言の一つです」

 呟いたフジナミの顔は何となく悲しそうに見えた。

「なぁ、フジナミ」
「何?」
「誰か、待ってるの? あそこで」
「……どして?」
「昨日見た限り、何となくそんな感じがしたから」

 フジナミはやはり物憂げな顔のまま、自分の机の上に腰を降ろした。

「小学校の時の、僕が人生において友人と呼べる数少ない友人」
「どこかへ行ったの?」

 太一が問い掛けるとフジナミはゆっくりと頷いた。

「……手紙」

 フジナミはいつも机の上に広げて読んでいる紙切れを数枚取り出した。

「もうすぐで帰るって書いてあるんだけど、いつになるんだろうね。ちょっとした都合で海外に行っちゃった」
「未だに帰って来ないんだ?」
「うん。年が明ける前に一度顔見せてくれるって言ったのに全然……早く会いたいなァ」

 先程少しだけ陰りがかかったように見えたのは自分の錯覚だったであろうかフジナミはニコニコと口元に笑顔を浮かべて机の上で体育座りをして、聞き慣れないメロディを口ずさみ始めた。

「――あっちの生活が楽しいから戻れないんだろ。そりゃ面倒くさくて戻る気にもなんねえわ。今頃、金髪美女とヨロシクやってんじゃね」
「でも、谷村くんは嘘つくような奴じゃないもの」
「分かんないよ。人って二面も三面も持ち合わせてんじゃん、お前には分か……」

 言いかけて太一はその先の言葉を押しこんだ。

「知ってるもん」

 しまった、と思った時には遅くフジナミは唇を噛んで何かを堪えるような顔をした。

「自分が陰でどんなふうに言われてるかぐらい、そんなの昔っから知ってるんだよ。自分が変な奴ってくらい、自分が一番分かってる」

 そう話すフジナミはどこか遠い目をしていた。眩しそうに細めた瞳のままフジナミは少し笑って見せた。

 多分コイツは、自分なんかよりずっとずっと賢いんだと太一は漠然と思った。そして同時に周りに流される事の無い強さも持っているし、そんな事、もうとっくの前に気付いていたのに多分それが認められなくて知らず知らずのうちにフジナミを見下していた。

「……ごめん。何かここ最近上手くいってなくてさ、風邪も引くし、つい意地悪な態度とっちゃうんだよ。あと」

 もう少し早くこう素直になってればなぁ、と今朝がた奥町に取った態度を思い出して後悔の念が更に積もる。

「何かお前に嫉妬したよ。そうやって頑なに人の事信じられるんだなーって」

 口に出してみて気付いた事がある、この嫉妬に似た気持ちはフジナミじゃなくて、その海外へ行ったとか言う谷村に向けられたものだと。一人の人間にここまで思ってもらえる谷村は何て幸せな奴だろう。自分にはそんな相手いないのに……顔も知らない相手に馬鹿げている、と太一はそれを否定する。

「お前が羨ましいよ、何か……」
「どして?」
「俺はさぁ、いつも自分に言い聞かせてる事がある。今の自分も、今自分のいるこの学校も、いやこの世界そのものが全部偽物で、あともう少ししたら全部済むって」
「むつかしい事、考えるんだね。でも面白いよ、詳しく教えて」
「だから別に何とも思わなかったんだ、周りに何て言われようがどう噂されようが、それは俺じゃないし関係無いって。そうやってダラダラ受け流しているうちに何か、本当の自分がどれかよく分からなくなってきちゃったよ」
「偽物に乗っ取られちゃったの?」
「うーん。そんな感じなのかなぁ。だから、周りに何言われても本当の自分でいられるお前が羨ましいなぁって、今素直に思ったね俺は」
「そっかぁ。じゃそれも偽物の言葉なの?」
「あ、どっちだろ。考えてねぇ」
 そう言って一つくしゃみをした後、二人は目を合わせて笑った。
「……」

 節々しか分からなかったが何となく様子だけは伝わって来る。立ち聞きするつもりなんて無かったのだが、こんな光景が目に飛び込んでくれば自ずと足を止めてしまう。

 奥町は目の前に飛び込んできたそんな二人の光景に現実味が持てなかった。自分も、太一やフジナミに対して陰口を叩く連中のうちの一人であったらこんな風に胸は痛まなかったのかもしれない。

――部室、戻んなきゃ……

 程無くしてから目的を思い出し、奥町は来た道を引き返した。

「何か、奥町の奴いつもよか気合い入ってねえか」
「と言うよりも怖いな何か。今日の奥町とは組手したくねえ、殺されそう」

 部員達に口々に噂されながら奥町は先程見た光景を思い出していた。
 払拭するように部活に打ちこんだ。けどそれは力任せに相手を殴るだけの、無作為な行動でしか無かった。様々な感情が入り混じる複雑な気持ちのまま、部活の終わりを迎えた。


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これ初めて書いた時は
空手習ってなかったので結構あやふやな
知識なのがウケルー
そもそも高校の空手部ってちゃんと殴るの?
寸止めのイメージなんだがどうなんだろう。
でも蘭姉ちゃんの高校はフルコンだしなあ。






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