02
朝、目を覚ました頃には安奈の姿はすでになく綺麗な字で書かれた書き置きと部屋の鍵が無造作に置かれているのだった。
昨日、仕事は辞めたと言っていたようだが彼女はどこへ行ったのだろうか。
「ま、いいか」
時計代わりの携帯はまだ七時を指している。一つ伸びをして、太一は窓を見た。
「雨……」
ほとんど眠たい中で聞かされた、洗面所へ向かうと顔を洗い、用意された歯ブラシで歯を磨く。一通り用意を済ませた後、太一は安奈の部屋を後にした。
「あ〜、しまった傘持ってねえ……」
これ以上酷くならないよう願いながら、太一はここからはそう遠くは無い学校へと向かった。見慣れた制服の生徒らが中睦まじく歩く姿が見え始める。
色とりどりの傘を並べてそれぞれが歩く中、太一は一人傘もささずにすり抜けて行く。
雨音に混じって時折聞こえて来る楽しげな笑い声や談笑を節々だけ耳に拾いながら、太一は教室への通路を辿る。それはまるで自分とは程遠い、無縁の世界に見えた。
――まぁいいけどね。今更馴染めるものとも思って無いしさ……
クラス中、いやむしろ学校中で自分の評判がよくない事を太一は知っている。仲がいい人物がいる訳ではないのに、何故かこう言う話ばかり偶然に耳にしてしまうものだ。年上の水商売系の女の家に転がり込んで面倒見てもらっているんだとか、変な集団と関わっているだとか、クスリの売人やってるとか、大麻を栽培しているだとか、噂に尾ひれがついて何やら大事になっている。
最近では太一の実家が実は……なんていう話にまで発展しているようだが、まぁ、どれも物騒な話ばかりなのは間違いない。
こんな時否定してくれる友人が一人もいないのは少々寂しかったりもするのだが、人の噂なんて時間と共に廃れて行く筈だと言いきかせる。実際に自分の素行が良くないのは事実なのだし、と太一は半ば開き直ってすらいる。
たった今も教室へ入るなり、太一の席の傍で立って話をしていた大人しそうな男子生徒二人に無言で道を譲られてしまった。目すら合わせてくれないので流石に少し傷ついた。
「あっ、ねぇいるよアイツ」
一瞬自分の事かと勘違いしそうになったのだが、どうやら噂の主は太一では無く太一の目の前の席にいる『彼』の事らしい。
年齢にそぐわない髪形とメイクをした派手な出で立ちの女子生徒達が円を囲うような陣形を作っている。彼女達は声を潜めているつもりらしいのだが甲高い声質のせいで、聞き耳を立てれば大体何を言っているのか聞きとれてしまう。女子生徒の輪の中には数名の男子生徒の姿も見える。
彼女らは互いに顔を見合せながら太一の前にいる男子生徒をチラチラと見つめては時折嘲笑混じりに彼の名を口にしている。
「うわ、また何か変な本読んでる」
「何だ? エロいのか!?」
「違うでしょ。今日も不思議ちゃん爆発だよねー、つか今日も寝癖クソやべえのな」
「えー、でも合コン連れてくと初見だと可愛いとか言われるぜ?」
「うっそ、合コンに呼んだの? 超勇者じゃね」
時々手を叩いて笑い声を上げながら、彼女達は益々盛り上がって行く。
「あいつの自己紹介とかマジ見てえ〜! フジナミマサトりんです、トリン星から来ましたっ♪ みたいな?」
「何だよ、お前らも初めて見た時は口揃えてカッコイイだの騒いでたくせにその手のひら返し」
「つうか聞こえるっつうの、お前ら声でかすぎ」
「音楽聴いてるし、平気っしょ」
「何の曲聞いてんのかなアレ」
そこでまた誰かが何かを言って笑いを取ったようだが、聞いているのも馬鹿らしくなって太一は溜息を吐いた。
フジナミマサトは、今彼女達が盛り上がっていたようにちょっと……いやかなり変わった生徒だ。良く言えば無邪気で、純真。
だがその過度なまでの天真爛漫さが周囲からは『幼稚』、『おかしい』、『ヘンな人』と見なされ疎ましく思われているようであった。客観的に見れば精神的な発達に遅れのある彼は、喋り方もどこか少し舌っ足らずで言葉の表現の仕方もまるで幼児のようだった。初めこそわざとやっているものだと思っていたが、どうやらそれが演技じゃ無いと知ると途端に周囲の反応が変化して行った。
ちなみに教師達の話では勉強はそれなりに出来るとの事だった。にわかには信じ難い事だが。
「今度さぁ、ちょっとみんなで遊ぼうよ。アイツも誘ってさ、面白い事になりそう」
「無理無理! 間ァ持たねえよ。俺勘弁〜」
「じゃあアヤカに任せるか。アンタ、好みだって言ってたじゃん」
「えー、アヤカも無理ぃ」
再び大きな歓声が上がった時、それまでは聞こえなかった筈の声が輪に加わるのが聞こえた。
「お前ら、いい加減にしろよ。聞いてて気持ちのいいもんじゃねえし」
頬づえを突いてその会話を黙って聞いていた太一だったが、思わぬ第三者の現れに思わずその方向を見つめてしまう。
「毎日毎日、飽きねえの?」
「……あ、あぁ奥町じゃん。朝練は?」
「もう済んだよ。ていうか前から言おうと思ってたけどさ、あんまりそーゆー事言うの止そうぜ。別に何かされたわけじゃないんだし」
物怖じする様子も無く男子生徒が言ってのけると、それまで馬鹿みたいに盛り上がっていた連中が皆気まずそうに口をつぐみ始めるのが分かった。その男子生徒、姓は奥町、名は達也と言いみんなからは奥町と呼ばれ頼りにされている存在だ。
空手部のエースだと呼ばれているだけあって、背も高ければガタイも良く、体格を見るに誰も喧嘩を売ろうなどとは思わないだろう。おまけにいつも仏頂面で、眉間に皺を寄せている。一見すれば怖そうな部類なのだがこれが意外にも実直な性格で、しっかり者なのだから人気が出るのも分かる。
同じく無愛想な太一とは違い、何事にも真面目に取り組む誠実さと仲間意識の強さが皆が彼を慕う理由だろう。
――まぁ俺は苦手だけどね、そういうのなーんか汗臭いって言うか
太一がすぐ横の席に腰掛ける奥町を横目で見つめた後だった。奥町が突如こちらを見るので、心の中でも読まれたのかと思い一瞬ヒンヤリと底冷えした。
「おはよう、入江」
「えっ……あ、お、おはよう」
その真面目さがそうさせているのか、奥町は律義に隣の席にいる太一にも挨拶を欠かさない。時には他愛もない世間話の様な話を振ってきたりもする。その度に太一は適当に相槌を打って気の無い返事でその場を凌ぐのだが。
「――寝不足? 顔色悪いけど」
「いや、別に……」
今日も奥町は挨拶がてら会話を挟んでくる。
「そうか。寝ないと駄目だぜ。睡眠って本当大切だからさ」
「……へー」
実に感情のこもっていない受け答えにも、奥町は不満そうな表情をこれまでに一度も見せた事は無い。奥町はまたいつもの眉間にしわを寄せた険しい表情のまま、一限目の授業の用意をしていた。
――うーん。しかし老けてるよな、コレで高校生とか。既にいくつもの戦場を潜り抜けてる男の顔つきですぜ、こりゃあ……
「入江」
「あっ!? 何っ?」
驚きのあまり素っ頓狂な声が漏れる。
「悪いけど教科書見せて欲しい、授業が変更してた事忘れてた」
「あー。いいよ、つーか授業中ずっと使ってていいよ。俺どうせ見ないし」
「いや、そういうわけには……」
「いらないよ。授業終わったら返してくれればそんでいいし」
言いたいだけ言い終えると、何か言いたげにする奥町の事など気にも留めずに太一はあっちを向いてしまった。
「たっちゃん」
ふと、女の子の声がした。
「やっぱり、そんな事だろうと思った。はい、これ貸したげる」
「瑠璃子? お前、こんなとこまで何しに来て……」
「いいから、これ! 次はリーダーだから、使わないの」
「おい、瑠璃子」
瑠璃子と呼ばれた少女はほとんど強引に教科書を押し付けると、振り向きもせずに教室を後にしてしまった。二人から教科書をよこされた奥町はわけも分からずに当惑している。
「……何だよアイツ」
「あー……。じゃあそれ返して」
見兼ねたように太一が奥町に教科書の返却を求める。
「おう。スマン、せっかく貸してくれたのに、何か……」
「別に謝る事でも無いし」
半笑いを浮かべたままで太一が差しだされた教科書を受け取った。
「やっぱり瑠璃子ちゃん可愛いよなぁ」
何も言わずに見守っていた周囲が、奥町に声をかけ始める。
「な。俺メッチャ好みなんやけど、告っても見込みゼロやろか」
「ばっか、ここに旦那様がおるぞ」
「あー、そやった。いいなぁ、あんな可愛い子と付き合い確定とか」
からかい調子に周囲が囃し立てると奥町は相変わらず威圧するような顔つきとぶっきらぼうな返答で応対をする。
「……アイツとはそんなん違うし、只の幼馴染だし」
「相変わらず硬派っすねえ、兄さんは〜」
「このままじゃルリちゃんが可哀想っすよ。あの子、完全惚れてる目だぜ。奥町に」
「いやぁ、罪な男だねぇ兄ぃってば」
思い切り椅子を引く音がしたかと思うと、途端に周囲がシンと静まり返った。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
それだけ言い放つと、奥町は教室を後にしてしまった。
「あ、あれ怒ってたかな……?」
「多分。うーん、瑠璃ちゃん家と奥町の家って何か色々あったみたいからあんまり茶化すとマズイんだよな」
「早く言ってよそれ」
囃し立てたうちの一人が泣きそうな声を上げた。その場に残されたのは何とも言えない気まずさの残る空気だけであった。
「(気の毒にねぇ)」
所詮は他人事、と太一は無関心であったが。
TOKIOの山口達也と国分太一がどうしたって??
TOKIOは何か好感持てるよな。
素直に応援したくなるわ。
最近、「長瀬ってメンバーの誰かが
殺されたらスーパーサイヤ人になりそうじゃね?」
ってスレタイ目にして秒殺された。
脳内で容易く想像できてしまった
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