04
 次の日の、事だった。教室に入ってから普段通〜り、平生と変わりの無い、いつもと同じの生活を送るつもりだった筈がおかしな事が起きた。実におかしな事が。

「……小森くん、あ、いや、小森さん」
「うえっ?」

 いつものようにイっくん達と集まって、発売されたばかりの週刊漫画雑誌をみんなで読んでいた時の事だ。みんなではまっている連載漫画が、まさしく佳境を迎えていた。漫画の中でも重要だった人物がその週に何と死んでしまったらしく小森は衝撃を受けているのだが、まさかそれ以上の衝撃を受けることとなるとは思いもしなかった。

 声の方に顔を上げるとそこにいたのは今まで喋った事もない、名前もすぐにパッと出て来ないクラスメイト。でも、その俯き気味の顔だけは何となく見覚えのある奴。

「……え? えっとぉ〜……」

 どちらさんでしたっけ、とは流石の彼にも言えずに小森は口ごもる。

「き、昨日……」

 声の主は自分から声をかけてきたとは思い難いほどモジモジとしていて、余計なお世話かもしれないがその長い前髪がとても鬱陶しく思えた。
 見ているだけでこっちまで目が悪くなりそうだ。

「え、あ、その、バス、じゃない電車っ……アッ・で・電車、あの」

 たどたどしく喋りながら男子生徒は必死に何かを訴えようとしている。

「えっ?」

 思わず耳の遠いお年寄りみたいに何度も聞き返してしまった。

「あ、あ、ですから」
「う、うーん……ちょっと廊下行こうか」

 ざわつく教室内では申し訳ないのだけどこの声が全く聞こえない。彼を連れ出す事にして小森はその場から立ち上がった。

 その姿を見て一番衝撃を受けているのは他の誰でも無い片瀬であった事には、当然誰一人として気づく筈もなく、二人は廊下へと出て行った。

「えっと……その、何か用?」

 廊下もザワザワしていてそんなに変わらない気もしたけど、視線が少ない分教室よりはまだマシだと思った。

「あ、すみ、すみません」

――声小っさ!!!

 その衝撃の小ささにはいやはや驚きを隠せない。やはり、聞き取るのにはいささか苦労しそうな声質の持ち主だ。

「き、昨日電車で……そ、祖母がお世話になりまして」

――ああ、昨日の……

「って、え? あれ君のお祖母ちゃんだったの!?」

 少し嬉しくなって生徒の思わず肩を掴むと、生徒は大袈裟に身をのけぞって一歩後退してしまった。ちょっと傷ついてしまったが、特に何も言わないでおくことにした。

「は、は、はい。そうです」

 そう言えば名前を名乗っていた、確か『シマ』と言っていたような。確かこいつの名前は……、そうだ、志麻って書いて「しま」って言うんだった。小森は胸のつっかえが取れたようになって、また少しばかり嬉しくなった。

「でもよく俺だって分かったね! 何で?」
「き、金髪で背の高めの人って言ってたから……」
「それだけで!? スッゲーなお前! いや金髪なんて俺しかいないかー、アハハ!」
「あ、あとその首に巻いてるタオル……く、クマの、その」

 おずおずと指摘されて小森は自分の首についているそれに視線を落とした。

「あ、ああ……コレね」

 妹から勝手に奪ってきたピンク地に、クマのキャラクターが描かれたそのタオルを撫でながら小森が苦笑した。
 今女の子の間で爆発的に流行っている何とかベアとかいうキャラだ。詳しくは分からないが、何かすごい可愛かったのでつい自分の物にして愛用している。

「え、えーと」

 ついに会話が途切れてしまった。

「……し、志麻くんさぁ。余計なお世話かもしれないけど前髪鬱陶しくない? それ切れば?」

 馴れ馴れしいかと思いつつも小森は志麻の前髪に少しだけ触れようとしてみる。僅かに前髪が動いて、隠れがちだった両方の目がちらっと見えた。

「お、そっちの方がいいよ、うん。何だよ、いい男じゃんか。勿体ねえ」
「ヒッ……!」

 志麻は途端に怯えた様な声を上げてまた身をのけぞらせた。そのあまりにも恐怖する様な悲鳴に驚いて小森は手を引っ込めた。

「え? ご、ごめん俺何か……」
「ゆ、許してくださぁい! 自分がすごく気持ち悪い顔してる事くらい自分で一番分かってるんです!!」
「は、はぁ?」

 今までの聞きとるのにも一苦労していたあの小さな声はどこへやら、志麻は叫び出したかと思うと両手で自分の顔を覆い更に絶叫した。

「あと声とか、もう全部が醜い事分かってるんです! 不細工の分際で、人と仲良くなろうなんて考えてませんから! 僕がいるだけでその場の空気が悪くなることも知ってるんです! だからだからっ」
「い、いやあの……落ちつけよ」

 唖然とするのは小森だけじゃ無く周りを過ぎゆく他の生徒達も同じだ。

「どうかもう堪忍して下さいっ!!」

 志麻はそこで身を翻してその場から駆け出した。

「……え、俺何かした?」

 それから教室へ戻ると、当然のように雨の様に視線が降り注いだ。

「何したんだ、小森。泣かすなよ」
「知るかよ! こっちが聞きてえわ!」

 イっくんに問いかけられて思わず大きな声を上げてしまった。本当に何をしたのか全く分からないのだから仕方ない。

 授業が始まる頃には、志麻もこっそりと席についていた。その後、片瀬がこっちにやってきて、さも興味が無い様な振りをして問いただしてくる。

「何の話、してたんだ」
「気になる?」

 小森がわざと聞くと片瀬は腕組をしたままちょっと機嫌が悪そうに呟いた。

「……別に」
「まぁ〜まぁ〜、これがね。うんうん。色々あってさー、聞きたい? ね、聞きたいでしょ??」

 曖昧にぼかすと、片瀬は実につれない、いつも以上にクールな感じになってふうん、とだけ答えて背を向けた。あれは絶対に気になってるんだと確信する。


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どっかのシマとは百八十度違う
純粋なシマ君だなぁおい!

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