「だから何度も説明してんじゃん、女子が無理やり着せてきたんだって〜」
「…………」
「何だよその顔。俺も別にしたくてしてんじゃねぇよ、制服もジャージもキャーキャー言いながら取られたわ」
「……、お前さぁ、それひょっとしてイジメられてねえよな?」

 友人の奇行に、またもや振り回されるぺー君こと緒川駿平ちゃん。彼の突飛な行動には惑わされる事が多く、今日もまたその仰天行動に驚かされっぱなしだ……で、今日は何があったかと言えば学校帰りの待ち合わせ場所にまさか女子のブレザーの制服を着て現れた千秋くんこと上原(男子高校生)。

「返せっつっても返さないし、何かめんどくせぇからそのまま帰ってきてやったわ。だっる」
「いや、あのさ。そもそも何でそれを着たんだよ……」
「だってウルセーもん。一回だけでいいっつーからさぁ」

 面倒くさい、とばかりにあしらう上原の態度と来たら普段から女子にそうやって騒がれているんだろうな……と遠回しに感じさせる嫌味ぶりである。控えめに言ってもかなりムカつくが、まあ実際にこの顔立ちならしょうがないよなあと緒川に思い直させる端正さが、上原にはある。認めたくはないけど。中学の時からやれ王子様だのジュノンボーイだの言われ続けていたのをよく知っているだけに、上原なら仕方ねーか、とも思う。……認めたくはないけど、二度目。

 人目も憚らずに大股開きで歩きやがり、揺れるチェック模様のスカートを見つつ……緒川はチラリと「いや、何だ。けど、顔さえ見なければ結構いい身体してんなオイ。色も白いし細いし……」と何やらゲスい事を考えていた。慌てて何を俺は、と伸ばしかけた鼻の下に気を付けたのであった。

「……あ、明歩に見られなくて良かったなそれ……」
「は? 何でだよ。別に明歩になら見られてもいいけど」

 幻滅されるっつーんだよバカ、とは口に出せずに密かに(……むしろされた方が自分の為かもしれない、恋敵が減るぞ)と一瞬あくどい考えがよぎった。――いや、良くない。そういうのは駄目だ。

「いやいやいやいや、上原。それ明日どうすんだよ……」
「夏服で行くよ、んで教室で着替える。――つーかスースーするなあ、これ。何か落ち着かねえよ、ったく」

 言いながら自らスカートの裾をひょいっと持ち上げる上原を、緒川は取り乱しつつ制止した。何してんだコイツは。

「こ、こら、はしたないぞバカ!……ていうかビビるからやめろよ、そういうの何かちょっとドッキリしちゃうだろうがっ!」
「慌てすぎだってば。あ、何だ、まさか興味あんのか!?――ホラ、見るか? 女子高生のスカートだぞ。ぺーの事だから近づいた事もないだろ、何ならめくっていいぞ〜」

 ケラケラと笑う上原を、何かちょっと可愛いと思ってしまったのはここだけに留めておきたい。ダメだ。アカン。思い出せ、明歩の顔を思い出せ、俺、変な道に行くんじゃない。明歩明歩明歩明歩明歩明歩の笑顔……、

「何だよ。お前つまんねぇなぁ、そんなんだからモテねえんだぞ」
「はあ!? 上原だって大体は一緒な癖して何言ってんだてめえは!」

 上原はちょっとこう、顔立ちそのものも女の子っぽい見た目をしちゃいるが口は割と悪いし中身も中々にがさつだ。というか、緒川以上に大雑把だったりする。意外かもしれないが緒川くんは性格のデリケートさに比例するように、根は結構マメである。

 その日の晩、自宅の道場でもやもやをぶつけるぺーちゃんこと緒川君であったが、その日のメニューを終えてぐったりしているところへ父からの一言。親でもあり、同時に師匠でもある父からの言葉はこれがかなり痛い部分を突いてくる。流石は身内といったところか、ズケズケト遠慮もないから結構傷つく時もあったりなかったり……。

「駿平、試合も近いがこれだけは言っておく」
「?」
「――試合を控えた格闘家にとっての天敵は何だ?」
「……え……。……えーと……、怪我、ですか」
「それもある。が、今俺の言いたい答えとは違う」
「す……睡眠不足とか……」
「勿論それは大前提の問題だが」
 
 うぅん、と考え込む緒川だったが、父はやたら間を置いてから言った。

「それはな……集中力だ」

 すっげー引っ張った割りにはすっげー普通の答えだな、とは口に出さずに思っておくだけにして緒川は父の顔をまじまじと見つめた。

「集中力が途切れると何もできない、試合中にそれが起きたら一番最悪だぞ」

 まあ確かにその通りだし、と黙って聞いていると更に質問があった。
 
「で。それが途切れる原因は――、何だか分かるか?」
「えー……やっぱ体調管理が不十分とか緊張とか……あー、あとはイメトレ不足とか……」
「ちょっと惜しいが違う。それも一理あるが……」

 そこでまた間を持たせて、父は口を開いた。やけに引っ張るな、と思いつつ耳を傾けていると父は表情一つ変えずに言った。

「オナニーだ」
「はっ!?」

 いきなり何を言い出すんだこの親父は、と若干引いた顔つきで見つめていると、彼は真剣な眼差しのままで続けた。

「……いや、してもいい。してもいいけどイったらダメだ」
「そ、それはその……そしたら一体俺にどうしろと……」
「男なら分かるだろう。抜くと集中力が下がる、前日にSEXするのも禁止だ」

 相手がいないのでそれは大丈夫かと……とは流石に忍びなくて言えずに何とも言えない顔つきになってしまった。下ネタのつもりではなく至って真面目そのものなのだろうが、家族の口から出来るだけ聞きたくない話題ではある。

「駿平、俺は一度大事な試合の前にお前の母さんと盛り上がったら負けた事がある」
「し、知らねえよ! 親のそんな話聞きたくねえわ、気色悪い!」

 思わず敬語を使うのを忘れ(守らないと即鉄拳が飛んでくるところである)飛びあがると、父は更にボディーブローを食らわせるのを忘れなかった。

「その時に出来たのがお前だ」
「やめて、もう聞きたくないッッ!!」

 思わず耳を塞いで涙目になってしまった。親父の馬鹿野郎、変な話聞かせやがって。色々想像したくなるから本当に勘弁して頂きたい。ゲッソリした調子でその日を終え、ひとっ風呂浴びてからの夕食の席に着いた時である。
 テーブルの上に珍しく花なんかが飾られているのに何となく目を奪われつつ、飯を済ませた後の事だ。……ちなみに母は「汚い奴は食卓にあげない!」が口癖で、外から帰った後はまず身を綺麗にしてからでないとテーブルには座らせない。下手をすると足が臭いと家にも上げないと言い張るのだから、もしかすると自分の几帳面さは母譲りなのかもしれなかった。

「ねぇ駿平、あんた明日上原君と会う?」
「え、何で」
「今日買い物の途中で偶然上原君のお母さんと会ってね、話し込んでたら、何か帰り際にお花もらったの。いやー、やっぱスラーっとしてて綺麗なお母さんよねえ。私ももうちょっと女とし頑張らないとダメだわぁ……」

 花の名前なんぞさして詳しくはないが、ピンクと白のその花はガーベラだろうか。生花特有の香りが時々風に乗って漂ってくる。

「すごい素敵なワンピース着てたんだけど、あれいくらくらいするのかしら。あんなの着こなせる四十代って凄いわよね……。あ、で、明日会ったら何かちょっとお礼言っておいてくれない? 私からも言うけど、何もないのもアレだからさ〜」
「……あー、うん。分かった」

 あれ、そういえば上原の母さんってどんな感じの人だっけ、と想像を巡らせてみる。歯科クリニックの受付をしているらしいだけあって、確かに綺麗で細身な女性だったのは思い出せる。顔は、えーと、どんなんだ。と、上原は飾られた花を見つめつつしばし考え込んだ。

「上原君、あのお母さんと益々顔似てきたわね。あのママの少年版が上原君って感じ」
「えっ」

 そう聞いて即座にワンピース姿の上原を想像した。今日の女装した彼の笑顔が生々しく浮かんで、ちょっとときめいて困った。お花を持って微笑んでいる上原。……うん、ちょっと可愛いと思って顔が引きつった。

「ちょっとヤダ、あんた顔怖い。どうしたのよ」

 そうさせてるのは紛れもなく母親張本人ではあるが、流石にそれは言い出せずその日は父親に言われた通りに抜かずに眠りについた。ほとんど無理やりに。

(……いかん……、いかん……性欲がスパークする……このままでは……!)

 性欲がスパークするって何だ、と思いつつちょっとまあアレだ。どうか分かって欲しい。男の悲しいこの気持ち――翌朝、妙にギンギンの頭のまんまで歩いていると背後から軽く背中を叩かれた。
 やばい、今明歩を見たら死ぬ、と思い振り返るとそこには眩しいJKルックの――、想像は尽いているかと思われるが、そう、上原である。

「ゲッ!!」
「おはよー、ぺー」

 何故、何故なんだ……昨日の女子高生スタイルで、上原はニコニコとそこに佇んでいるのである。

「な、な、なじぇ」
「夏服、今クリーニング出しちゃってて。まあいっかなーって」

 良くない。良くないって。――煩悩を振り払うように首を横に振ると、まばゆい笑顔を浮かべる上原の視線とかち合った。アカン、アカンでぇこれは。

「面白そうだし明歩にも見せてやろっか……って。ん? 何だよぺー、その妙に爽やかな顔」

 フッ、と妙に召されるような顔をさせながら緒川は明後日の方向へと向いていた。――イエス、勃った。やばい、と思い緒川は踵を返し前屈み気味に脱走を図った。待ってこの状態で走ると超痛い、擦れて。

「って、何だよ、何で逃げんだよ、おいっ!」
「許して! マジで許して、お願いだからぁっ!!」

 もう駄目だ。朝っぱらから男の女装見てイキました、とかヤバすぎるにも程があるだろうて。逃げ惑う緒川を上原がとっ捕まえ、背後から抱き着いた。周囲は何だこいつら、という目で見ていたに違いないだろうが。

「ぺー、捕まえたぁーっ!」
「ヒぎッ……」

 振り返ると無邪気に微笑む……いや、絶対邪気があるんだよなコイツ。上原の朝の陽ざしよりも眩しい笑顔。この破壊力。女子が落ちるのも間違いありません。




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高校生同士可愛いですね。
本来の私こういうのばっか書いてた。
上原くんはねーちゃんと兄がいそうかなあ、
絶対に末っ子だろうなと思う。上原ママ絶対美人だよねぇ。
ぺー家は真ん中くらいかなぁ、兄と弟な。
すげえどうでもいいけどこの異様に呼びやすい
ぺーってあだ名、友達の旦那が〜平っていうんですが
仲間内からそう呼ばれてて「だっせぇあだ名wwwww」って
友達が笑ってたのが面白かったんでそこから取りました。
ええやんけ、別に!!(笑)
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