話している間にも雛木はやけにべたべたと密着してくる――、細い腕を絡ませながら、ほとんど体温の通っていない冷たい素肌を押し付けて、何だかまるで蛇みたいだと思った。
「この日は無理かな」
雛木が唇を薄く開いて微笑む。涙袋の目立つ目元が非常に妖艶に映った。
「――野上くん?」
小首を傾げながら雛木がもう一度問い掛ける。
「……カトウと佐野がいなくなったってのに随分、落ち着いてんだなあ」
野上がぽつりと呟いた。雛木はこちらを見つめ返しながら僅かに身を離れさせた。
――犯してやろうか、と思った。こんなに華奢な奴だったらすぐにでもやれそうだ。ねじ伏せて、泣き喚くのを殴って黙らせてやる……、大人しくなってから孕むまで犯してやる
「何考えてるの、野上くん?」
少し笑い気味に問いかけられて、夢から覚めたようになって、野上は椅子から立ち上がった。
「野上く……」
――あんな痩せぎすに何考えてんだ俺は。そもそも男だろありゃ、何考えてんだ俺は……
くだらない、と一笑してから野上はいつものあの、喫煙スペースへと向かう。思えばここにあいつを縛り付けておいた日からだ、全てが流転したのは……野上はプレハブ小屋に足を踏み入れると、その場に腰を降ろした。
とりあえず気を静めようと煙草を一本吸った。置き去りにされているヤンマガは昨日カトウが買ってきたものだ。そうか、カトウは昨日ここにいたのか……そしていなくなったとでも? 何となく、野上がヤンマガを取るとぱらぱらとページをめくりはじめた。
「篠崎舞可愛いな。ほら、やっぱ俺はこれくらいムネもでかくて肉付きがよく無けりゃダメなんだよ、あんなガリガリ……」
もうほとんど独り言のようにそう言って野上は煙草の煙を吐き出した。
「野上くん」
脆い扉が開くのが聞こえて、野上は顔を上げた。
「何……だよ」
「だって出欠取らなきゃ。先生がどうしても野上くんに来てもらいたいんだって言うし……」
それだけのために馬鹿正直にここまで自分を追い掛けて来た雛木が何だか腹立たしい。正直言って、おちょくられてるとしか思えない。野上は入り口で突っ立ったままの雛木の手首を引いて無理やり中に入れると扉を閉じた。
雛木の軽い身体は小屋の中に投げ出されるばかりだった。
「――俺の事馬鹿にしてんのか? ええ?」
怒りのあまり僅かに声を震わせながら野上が倒れ込む雛木を見下ろす。雛木の胸倉を掴見上げる。
「いいぜ、そんなにお望みなら犯してやるよ。もう二度と外歩けないようにしてやる」
「やめてよ……何の冗談なの!?」
怯える雛木の上にのしかかりながら野上は髪を乱暴に掴んで、殴った。すぐに大人しくなる。
「――おい、しゃぶれやコラ」
立ち上がった彼の前にひざまずかされた。下着越しにあるそれを突き付けながら野上が雛木に言い放つ。
「嫌です……」
返答の代わりに殴打と蹴りが加えられる。雛木が泣きながら野上の下着を降ろして、眼前にあるそれにおずおずと舌を這わせた。
「指も使えよ。いつもてめーが自分のもん扱くのと同じようにやりゃあいいんだよ、頬をもっとすぼめろ……はい、よくできましたー」
先端で何度も喉の奥を突かれて、雛木は何度も苦しそうな声を漏らすが、野上は解放しなかった。ようやく解放されたかと思ったら壁に両手をつかされたかと思うと、立つように命じられた。
「あうぅっ、痛いよぉ、野上く……ん、くっ、あ」
「痛いよぉ〜〜じゃねーよこの色ボケ野郎が! モノ欲しそうな目でじろじろ見やがっておまけにベタベタベタベタ触ってきやがって……こうしてほしかったんだろうが、どうせ」
背後から犯されて、雛木は苦痛に顔を歪ませながら何度も泣いて許しを乞うた。これまた嗜虐性を刺激する上手い泣き方と媚び方で、野上は益々気持ちが昂ぶるのを覚える。
「うぁあっ、あ、痛いよ……ねえ、痛いよ、もう止めて……うっ、あぁ」
「知るかクソボケェ! 甘えた事抜かしてんじゃねえ」
雛木の言葉は毒だった。自分から正しい判断力と思考能力を麻痺させ、根こそぎ奪い取って行く毒が含まれているのだ……野上が唇をかみしめながら女のそれを思わせる喘ぎ声混じりの泣き声を上げる雛木の腰に爪を立てた。
「うう、えっ、」
泣こうが喚こうが自分の行為は止まらなかった、雛木の腰を掴んで更に深く突き刺せば雛木が絶息したような声を漏らしてまた泣いた。腰に深く食い込んだ爪跡が、うっすらと血を滲ませて浮かびあがる。
「――……っく」
次の瞬間、野上が雛木の中に熱いものを吐き出していた。ぶるっとつま先までが浮足立つような震えがきて、二度、三度と最後の一滴を出し終えるまで野上は雛木を解放するのを許さなかった。
「あ、あぅう……」
雛木が壁によりかかりながら弱々しく呻いた。太股から注ぎ切れなかった液体がドロリと溢れだすのが見えた。まるで小便でも漏らしたようになっている雛木のそこを見ながら野上が愉快そうに笑った。
「はははっ、ざまーみろ。淫乱野郎、良かったか? 俺とのプレイは。最ッッッ高ーに気持ちよかったろ? はは」
雛木が涙に潤ませた瞳をこちらへ向けた。が、正確には自分では無い。自分の後ろの、何かに……そう気付いた時にはもう遅かった。
「あがっ」
短い悲鳴を残して野上の身体がふわっと浮き上がった。つまりは背後から、持ち上げられた。背後を見やると、そこには見た事も聞いた事も無い、訳も分からない物体がいた。よーく見たらその化け物は、カトウのような髪型で、瞳らしきものは佐野を思わせた。
「お兄ちゃん、ナイスなタイミングだよぉー」
雛木がパチンと指を鳴らして叫んだ。
「――力持ちでしょう〜、僕のお兄ちゃんっ♪」
それまでの涙はどこへやら、雛木がくるんっと可愛らしく首を傾けて笑って見せながらこちらを見る。
「な……な、な、ン、だよぉこれぇえ」
ぱくぱくと口を餌待ちの鯉の様にパタつかせながら野上が自分の身体を拘束するそのお兄ちゃんとやらの全貌を必死に覗きこもうとする。
「ふふ。野上くんには教えてあげるね……、カトウくんも佐野くんも、お兄ちゃんの餌になってくれたの。ヒミツだよ」
まるで無垢そのもの、といった様子で、子どもがそうするようにしぃーっと、人差し指を唇に当てながら雛木が可愛らしく微笑んだ。
「え、え、えさっ、ひ、餌って何」
「佐野くんが真っ先に僕に惚れてくれたみたいだったから、後は簡単だよ。カトウくんを適当に餌付けしておいたら二人が勝手に殺し合ってくれたみたい」
「な、何をしたんだよあいつらに!」
「何もしてないよ。死体はお兄ちゃんがぺろっと食べてくれたから処理も簡単だしね……けどお兄ちゃん、新鮮なお肉が食べたいって言うの。だから……ごめんね」
極めて可愛らしく雛木がそう言う。天使の様なその微笑み方に、思わずそれを許しそうにすらなるがそういうわけにはいかない。野上は勿論あがいてみせる。
「た、タンマ、雛木、ちょっとタンマ……ね、謝るよ。俺全部謝るし……ていうかあいつらも全部謝らせる! だから! 頼む! 頼むよぉお」
無様な野上の懇願にも雛木は聞いていないように笑うばかりだ。背後、彼を拘束している物体が野上の腕を千切れそうな程力強く握りしめた。ゴリっと何かの潰れる音がして、自分の骨が折れたんだと冷静に分かった。途端襲ってくる激しい痛みにそれが作り物の世界では無くまるごと現実のものだと理解させる。
「タ、タンマつってんだろうが! うがぁあ、あっ、……がっ」
雛木はその様子をさも楽しげに眺めている。
「雛木! 助けてくれ! ああ、お、お願いだよ、俺何だってするよ! だから、だから」
「じゃあ、お兄ちゃんの餌になって?」
「それは無理! あがああっ」
ミシミシと全身の骨が軋む音がする。次いでゴリゴリとどこかの部位が潰れて行く音がする。痛みなどはとうに無く、遠ざかって行く意識ばかりに気が行った。
――俺、どうなっちゃったんだろう……?
視界がシャットダウンされるのとほぼ同時に意識が完全に潰えた。首から上だけが切り離される感覚だけを最後に残して。
「きゃはははは。スゴーイ。頭ガブっといっちゃった! すっごいねぇー」
野上から飛び出した返り血を浴びながら雛木が指差して首を失った無様な野上を笑う。辺りが血まみれになったが問題無い。彼が全て、処理してくれるのだから。
「今度は野上がいなくなったんだってね」
それまで雛木をいじめていた連中はすっかり縮み上がって、今までの威圧的な態度などはもう微塵にも残っていない。只、何かにビクつきながら毎日を過ごしているばかりだった。
「呪われてるんじゃないの……」
「ほんとにな」
そうやって話している連中はさも他人事のように笑いあった。自分のクラスの奴らが一人一人いなくなっているというのにどうしてそうやって笑っていられるんだ――と次は自分の番かと怯えるある者は思う。
「ねえ」
愛らしい鈴のような声が自分の名を呼んだ。ああ、次は俺の番だ、と男子生徒は震える身体を必死に抑えつけながら声のした方を見た。
「……相談したい事が、あるの」
深い、暗い、海の底を思わせるような紫と黒とが入り混じる色合いの瞳。愛らしくも妖しげに微笑む可憐な雛木を見ると、抵抗する意思さえ奪われて行くのが分かる。気力も、何もかもだ。それが自分に課せられた運命だと言うのなら甘んじて受け入れようとさえ思わせるのだ――自分はこれから殺されるのだ。雛木に。だけどそれでよかった。雛木に殺されるのであれば本望だった……、雛木の小さな手が自分の手を取った。微笑んだ。
「ついてきてくれる?」
馬鹿みたいに、ああ、いいよ……と頷いた。