父親にあまり心から甘えたことの無い自分にはとっても刺激的だったし、何より懐かしくてもっともっと浸っていたいような、とにかくまあ悪い気はしない。
ふと、創介はサージェントの清潔なアイロンの行き届いたシャツ(奥さんは亡くなったと聞いたから、自分でやっているのか?)からほんのり漂うグレープフルーツのような柑橘系の匂いに気がついた。
「あれ。先生、何かいい匂いッスね」
「!? ひ、人の匂いを嗅ぐとは……」
「あっ、車の芳香剤ですよね、多分。何か煙草の匂いと混ざって凄いアダルティーで大人っぽいっすよ、超かっこいいです」
「お、お前やっぱ反省の色なし……というか離れろ、もう分かった。今後の事はお前のこれからを見てやる、これ以上ブツクサ言わんから」
そう言って咄嗟にさささっと目を逸らされてしまったので、創介はあながち凛太郎がさっき発したような台詞は間違いではないのかもしれないと思った。
――あれあれ? 実はこの人ってめちゃくちゃ奥手だったりする? こん〜〜〜な肉食丸出しの顔しといて??
それからさりげなーく距離を開かれて、しかも目もあわせてくれない。変だ。絶対変だ。男同士でここまで恥ずかしがるなんて、もし俺が女だったらこの人、今頃どうなってたんだろう。
こんなコワモテ丸出しの、生徒からは影で極悪軍曹とかグレートクローバーZとか眼帯モンスターとかリングネームを与えられているような肉食獣丸出しのこの人が。
ちぐはぐすぎるギャップに、創介は急激な興味と愛しさがこみあげてきた。もっと暴きたい、この人の生態を! そういえば謎と興味から恋は始まる、と昔どこかで聞いた。あれ、じゃあこれって恋なの? そうなの?
「……先生」
「あ?」
「あの、先生を大人と見込んで意見伺いたいんですが」
「……何だ?」
「ぶっちゃけセックスどんくらいしてないっすか?」
「……」
もう、卒業の危機は間逃れたのだからここからはド直球でいってみようと思います。まさかこれが原因で取り消しなんていう男らしくない事はこの人に限ってしなさそうだし、と創介は当初の目的を思い出し早速探りを入れ始めるのであった。
「待て。何だその質問、答えたらお前と俺に何のメリットがあるんだね?」
「いや、単なる素朴な疑問です。僕りん、大人社会をよく知らないんで気になっただけです。大人って何かセックスばっかりしてるのかなーってイメージがあるんですけど実際どうなのかなって……」
「それは人それぞれだろう、お前。他人のそういう事で盛り上がれるのは大学生くらいまでだぞ、それは」
「俺はまだ高校生なんでいいと思うんです〜。ねえねえ大人は週にどんっくらいセックスするんですかーセックス」
「……でかい声でしかも学校でそんな事叫ぶな、全く品の無い」
あ、先生の今の顔ちょっと可愛いかも……と、焦るサージェントを見て内心ほっこりとしてしまう創介である。
「別にみんな普通にやってる事じゃないですか!? 性欲ってそもそも欲求の一つですし、食べる事や寝る事と同じですし恥ずかしがる理由が分かりませんけどねえ、大体欧米でキスは挨拶代わり! しかし日本じゃあ『そんなの恥ずかしい! ひっそりとやるもんだ!』なんていう認識でおかしいでしょ、これはおかしいですよ! みんなもっとオープンになろうよ! って事で先生、そんな普通の事をさも悪い事のように伏せてしまう日本の体制が俺は気持ち悪いですねーっ!」
「わ、分かった。分かったから、ちなみに俺は相手がいてそういう事をやったのは二年前だ。もういいか、これで十分か?」
「相手って、奥さんですか?」
「……そうだ」
「嘘」
「嘘じゃない」
ややあってから、創介は満足したのかサージェントから少しだけ離れると腰掛けたままの彼の前に立った。
「……今でも奥さんの事好きなの?」
「そりゃそうだろ、嫌いになれるわけがない」
「それ以外の人と一緒になろうって思わなかったの?」
「――さっきから何が言いたいんだよお前は」
少しだけ荒ぶった口調で言い、サージェントは完全にもうあちらを向いてしまった。
これ以上相手したくない、といったオーラ丸出しでもうそこにいるのはさっきまでいたような鬼軍曹じゃなかった。傷を負ったとある男――亡くした奥さんに今もずっと恋をしている、一人の男だった。
「……はぁ。もう用は済んだんだ、さっさと帰ってくれ。日数の件に関しては俺が何とか……」
「あんたって時々、すごく悲しそうな顔してるんだ」
いつの間にか敬語を使うのも忘れて、創介がサージェントの手を掴みに走った。
「やっぱりそれって奥さんの事が忘れられないから、そんな顔になるの?……何ていうか、ごめんなさい、俺ずっと誤解してました」
「????、ちょ、ちょっと待て。何が……」
「……ごめんなさい先生! 俺勝手にアンタは絶対にプレイボーイだとか思い込んでて……」
「も、もう何でもいいからとにかく帰ってく……んむっ!?」
ボーゼンとしているサージェントだったが、その隙を見計らうように創介が啄ばむように一つキスをかわしておいた。
今のはほんの挨拶代わりのようなもので、彼がさっき豪語したように外国でなら当たり前に交わされる事だ。
「ごめんなさいのキスです」
「……、き、キスって! お、お前は男でもいいのか?」
「いや、男は初めてですけど何となくそういう流れの気がして……」
「流れ!? ちょっと待って何がお前を駆り立てて……おい、何故愛おしそうに片手で乳首を弄るんだお前」
「よくあるんですよね、女の子から相談とかされてると凄い情が移って、そのまま親密な関係になっちゃう事とか――」
「わけが分からな……」
更に創介のコミュニケーションという名のセクハラは続く。セクハラは犯罪です、例え同性間でも成立しま――、
「うおぉ!?」
しかも屈みこみズボン越しからブツを咥えこむというとんでもない肉食ぶりを発揮する創介。
流石にその頭を掴みながら「それはダメ」とか「やめろやめろ」と必死になるサージェントだが、創介の耳にはもはや聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
こうなったら肉食男子の意地とプライドにかけ、それと毒を食らわば皿までの精神でサージェントを落とす事に熱を上げていた。
「な、何しとるんだお前!?」
「……先生くらいの男前になると、サイズとか形とかどんなものかなーって不思議になりまして」
「し、知るか! お前は帰ってすぐにでも勉強を……こら! 言ってる傍からネクタイ取るな、返せ……」
「先生」
ふと真剣な表情になってから、そして顔を極力近づけながら創介は上目遣いに言った。
「俺に大人の恋愛を勉強させて下さい。……なんちゃって」
「ふ、ふざけ……ってコラ! 言ってる傍から乳首を吸うな! 俺は男だぞ!!」
創介、反撃開始。鍵をかけたのは自分の落ち度ですよ、先生。と創介は内心でほくそ笑み、これだから何事も楽しむのはやめられないなあとつくづく思うのであった。……ココまで来ると人生何があっても楽しそうで羨ましいものである。
エロというよりはお色気どまりで
学園コメディ的なノリで。
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