子ども達の陽動作戦を取り入れつつ、何とかゾンビ達の群れを掻い潜りながら、修一達は出口にまで近づいた。
「穂邑先生、だいじょぶだよね……?」
修一の腕の中で、心が不安げな声を上げた。心はまんまるい瞳いっぱいに涙を溜めながら修一を見上げる。語尾の方は、嗚咽によってか震えていた。
僅かな沈黙の後で、強いて浮かべたような笑みと共に、まるで絞めつけられたような声を発する。
「あ、ああ……大丈夫、だ」
子どもの勘というのは、時に大人以上に鋭いものだ。どこか煮え切らない修一の態度が、心を不安にさせてしまったのか。心は更に涙ぐんでしまい、修一の胸に顔をうずめる。それで、しまったと後悔の念に駆られた。
――しっかりしろよ、俺!
子ども達が頼れるのは今、自分しかいないというのに。泣きじゃくる心を強く抱き締めて、修一は一秒でも早くここを出る事だけを脳裏に走った。
「みんな、ついてきてるね!?」
「いるわよ、大丈夫!」
小春の威勢の良い声が響き、それに連なるよう子ども達の声が重なった。
「ようし、みんなあとちょっ……」
顔を正面に戻してから、絶句した。ピエロの扮装をしたゾンビが、ぬぼ〜っとそこに立っている。肥満体型のピエロは焦点の定まらぬ視線のままこちらへ徐々に徐々に近寄ってくる。
「しゅ、修一、どうしよう〜」
翔太がわんわんと泣きじゃくるのが伝染でもしたように、周囲も怯え始めた。
「くっ……」
せっかくここまで来たってのに、最後の最後でこれが待ち構えているとは。メイクのせいで笑っている風に見えるが、実は全く笑ってはいない無表情。白塗りの中年ピエロは、そのメタボな体型とはかけ離れて機敏に早歩きで近づいてくるではないか。
しゃかしゃかとその両手を上下させながら、その動きは何だかそういう類のオモチャのようにも見える。一歩一歩着実にやってきているおでぶちゃんから子ども達を守るにはどうすりゃいい? 途端、修一の脳内に急速に思い出されるとある過去の情景……。
あれは確か、遡る事数年前。自分がまだ、大学時代の話だ。
初めて出来た彼女と、初めて買ってもらった車で、初めてのデートをした時。何事も初めてづくめで、とにかく全てが新鮮で、一体どんな会話をしたのかもよく覚えていない。だけどこれだけは数年が経過した今でもはっきりと思い出せる――穴場の温泉街にて、足湯と展望台デートを楽しんだ後、帰り道車へ向かおうとした時の事だ。
「……デートっすか? デートっすか〜??」
にやけ顔で、二人組みの高校生ふうの少年らが近づいてきた。実際の年齢はいくつなのかは知らないので、飽くまでも予想にしか過ぎないのだが。
無視して通りすぎようとしたら、腕をがっしりと掴まれて引き返させられた。あぁ……、このパターンはまさか――。
「お金ちょうだい?」
初めて尽くしの一日で、これまた初体験である。全くもって嬉しくない、人生初。そう、いわゆるカツアゲというものに遭遇してしまったのだ。
「え、ちょ、も、持ってないです」
「嘘付けや、どうせ今からご飯でも行くんでしょうが、あぁん? ねー、ちょっとでいいから恵んでってばぁー。人間助け合いが基本でしょ〜」
「これは男同士の話し合いだから、おねーちゃんはこっちね」
そう言って高校生のうちの一人が、彼女の肩を抱きながら向こうへと連れて行く。一応こちらからは見える距離で止まってはくれているみたいだが、そんなのは関係がない。
「……って、な、何すんだ、おい!」
「おーっと、話はまだ済んでねえぞ〜」
飛び出そうとしてすぐさま取り押さえられてしまった。その勢いで、手の中にあった宇治抹茶ソフト(三百五十円)をアスファルトにべしゃっと落としてしまう。
あぁっ、まだ一口しか食べてないのに勿体無い!……ではなくて。
「アンタがちゃんという事きいてくれりゃあ、何もしないよ〜。……ほら見てみ?」
高校生が馴れ馴れしく修一の肩を抱いたかと思うと、親指で彼女達を指差した。言う通りに、高校生は彼女と何やら話し込んでいる。これといって危害を加えるようには今のところは見えない。それと何故か、高校生が彼女にガムを手渡しているのが見えた……。
「だからちょ〜〜うだい? ねっ? 大人しく言う事聞いてくれりゃあ俺らはなーんもしないのよ……ねっ!?」
そう言いながら高校生はぞっとするような笑顔を浮かべ、途端、足元に落ちた抹茶ソフトを思い切り踏み潰して見せた。そしてまた顔を上げた。やっぱり、不気味なくらいに満面の笑顔を浮かべていた。次はお前がこうなる番だぞ、とその目が訴えているようであった。
「……うううっ……」
泣く泣く、修一は彼女とのディナー代として取っておいたマネーを手渡す事となったのであった。
修一お兄さんには悪いけど
書きながら何か笑ってしまった
絡んできたのがミツヒロだったらちょっとうけるよね。
ほーれ飛んでみ?ちょっとその場で飛んでみ?
…チャリっていうたやん今!みたいな。
前の職場にウルフカットで定時制の高校いってる
ガチのヤンキーいたけどポケモンが好きないい人でした
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