車に乗り込みながら、それぞれが神妙な面持ちのままで席に着いた。ただ一人呑気そうなのが弟である。運転座席でナビをいじりながら、助手席で所持していた携帯ゲーム機をまずは取り出した。
「兄貴ィ、次の取り立て先はぁ?」
「……そうだなぁ、次はあの骨董品屋でも行くか。夜逃げしてなきゃいいけどな」
「ああっ! 兄貴、大変だぁ! ゲームの充電がもうないよぅッ!!」
半泣きのような顔つきで、まるで小学生そこいらの子どものように泣き喚く弟を一瞥し兄は何食わぬ顔で煙草を取り出した。
「うっわーん! せせせせセーブデータが消えちゃうよぉ、せっかくいい感じでみんなを育成してたのにぃいいい……っ!」
「ちっ、うるせぇガキだ……おい、首藤。こいつに菓子でも与えておけ、うるさくて堪らん」
苛立った口調と共に煙草に火を灯し、兄は貧乏揺すりと共に一つ吸い込んだのだった。
「あっ、ねえねえ兄貴兄貴。さっき言ってたその百億の男ってのは何?」
「ガキんちょには関係のねぇ話だ、お前はゲームの攻略法でも勉強してろ」
「そんなァ……俺だって結局は遊びに加わるんだろ? だったら教えてくれたっていいじゃん。何も知らないで無知な事して恥かくのは嫌だし、それで兄貴の顔に泥を塗っちゃう事になってもいいの?」
「……」
首藤からもらったぺろぺろキャンディーを舐めながら、弟がしつこく尋ねかけてくるのだった。兄がもう一つばかり舌打ちをし、はぁっと煙草臭い息を一つ吐き出した。
「――教えようにも情報が全くねえんだよ。その男に関してはな」
「ふ〜ん。そんな漫画みたいなやつ、ホントにいるんだねぇ……」
感心したような声を漏らす弟に、兄は面白くなさそうに煙草の灰を指先で叩いて落とした。
「あ、じゃあじゃあ。もう一人の方は?」
「……もう一人だぁ?」
「エート、そのルーシー・ナントカカントカっていう、ふざけた名前の奴!」
小首を傾げながら人差し指をぴーんと立てて、弟が問いかけた。しかしながらこちらもこちらで随分と緊張感のない人間である、ある意味兄よりもずっと肝が据わっているしある局面では厄介そうなのはこっちの方なんだろう。
「――ああ……奴か」
「そうそう、奴奴」
「ルーシー・サルバトーレ……一言でいえば奴は正真正銘のバカだ」
その一言に車内全部の視線が寄せ集められるのが分かった。首藤が眉間に皺を寄せながら、改まったように尋ね返してみる。
「ば、バカ……ですか?」
「そうだ。バカだ。それも単なるバカじゃない、頭の切れるバカなんだ」
矛盾極まりないその言葉に、弟だけじゃなく首藤も目を見張ったらしかった。
「鈍感で、何も感じないんだ。奴は。恐れも感じないし痛みも感じないし、とにかくもうバカだ。全てがバカげてて、ああもう言葉じゃ言い表せられないよ。あいつの存在は。相手にしているこっちもバカになってくるからな!」
「……兄貴は会った事あるの? そのバカに」
「――一度だけな、ムショの中でぐーーーーーぜんにもご一緒した事があってね……今思えばあの時芽は摘んでおくべきだったよ。その時のあいつはまだ十七そこらの、今のお前とそう変わらないくらいの年だったが……」
「えっ、俺と!? わぁ、友達になりたかったなぁ。そんな若い時から活躍してる人〜」
「活躍、なぁ。……えらく目の据わった不気味なガキだったぜ。この話は長くなるからまた酒でも飲みながら教えてやるよ」
「ふ〜ん、いいなあ。興味出てくるなー、そんな凄い人ー」
弟が二本目のキャンディーの袋を開けてセロファンをぽいっとその場に捨てた。
「ああ、こら! 車にゴミ捨てんじゃねえよ」
「でも兄貴、負ける気はしないよね?」
「あ?」
「そのクソバカ有名人気取りヤローに負けはしないよね、って事」
無垢な瞳のままでの弟の問いかけに、しばしあってから、兄はハンドルを握りしめつつ呟いた。
「……どうかな」
「何その弱気! そいつ、そんなに化け物なの?」
「ああ……多分な」
車のエンジンを入れると、そこで車がゆっくり発進した。一角から飛び出してきて、こちらに向かってきたサッカーか何か、ユニフォームを身に着けたゾンビに向けてハンドルを切った。アクセルを踏みつけ、乱暴にそいつに当ててやった。
「だが、今はこっちにも切り札がいる」
そう言ってミラーを見つめながら、兄は薄ら笑いを浮かべる。
「忠実な番犬がいるからな。化け物には化け物で応じるべきだ、そうだろ?」
兄のその問いかけは恐らくジョーに向けられたものなんであろう――、何も答えないジョーに、弟が振り返って座席に顎を乗せながら彼を見つめた。
「ふ〜ん。……飼い犬に手を噛まれたりしないよね?」
「……」
ジョーは着席したままうんともすんとも言わず、やはり微動だにせずに前を見据えるだけなのだった。その隣で、首藤が実にやりづらそうにしているのが分かった。
「おい、あぶねえぞ。ちゃんと座ってシートベルト締めとけ、またいつゾンビが来てブレーキ踏むか分からん」
「はぁい」
気の抜けるような声と共に弟がストン、と座席に座り込んだ。それから身を乗り出すようにしながらナビを操作して、めぼしいテレビ番組がやってないかとチャンネルを詮索し始めた。
「どこも特番ばっかだなー、テレトーも流石にアニメはやってないや」
『ニュース速報です……北城小学校で現在逃げ遅れている児童数名と、それを追いかけた保護者グループが未だ戻っておらず現在情報を待っている状態であり、また周辺では感染者の群れが押し寄せており迂闊に近づけないとの現地からの報道が相次いでおります』
何の気はなしに止めたその画面から流れるニュース、その小学校とやらは――そう、今しがたサージェント達が向かっているその場所なのであったわけだが。
歴女ですか? って聞かれたんだけど
別に歴女じゃないですよ……。
え、そんなに歴女っぽく見えるかね?
初めて言われたんだけど何でだろうw
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