リビングに集合したメンバー達は、ここでようやく顔合わせとなった。
どこかへと逃亡していたまりあも、その活発そうな少女・リオがお茶を運んでくるのと同時に戻って来たようだ。久しぶりの、『ランカスター・メリンの右手』全員集合。そこに加えて更に……。
「全員、揃った?」
ティーカップに注がれたお茶を飲みながら、一同の集結を待っていたのは――。
「ええ、お待たせして申し訳ありませんね。透子ちゃん」
「いえ」
そう、透子だった。彼女は一見するとチャイナドレスのようにも見えるが、似て非なるもので、アオザイと呼ばれる衣装を身に纏っている。黒い色合いで、二の腕を惜しげもなく晒しているが、生憎下は裾の広がったズボンを履いているせいでそのスリットから見えるはずであろう脚は拝めない。
ドレスと同じく真っ黒なその髪をお団子にし、優雅な雰囲気を際立たせるかのようにかんざしをはめこんでいる。
透子が少しだけ振り返りながら言うと、その綺麗な細工のかんざしが揺れるのが分かった。
「あの、細かい事で申し訳ないのですが……」
「ん? 何?」
改まったようにルーシーに言いながら、透子は話し始めた。
「私の事、これからはナンシーで統一していいですか?」
「それって……透子ちゃんが前に使っていた偽名だよね」
ルーシーが不思議そうに尋ね返すと、透子はこくんと縦に小さく頷いた。
「ええ、はい。――初めは単なる偽名くらいの気持ちで与えた名前だったんですけど……この世界にいる時の自分と区別したいから、ここにいる時のあたしはナンシーの方がいいのかなって……。って、意味わかりませんよね。まあ要するに、単なるワガママなんですけど」
そう言って透子――いや、ナンシーは実に少女っぽく笑った。
「なるほど。その気持ち、分からなくもないよ。……じゃ、了解しました、今後とも宜しくね。ナンシーちゃん」
ナンシーがそれで微笑を浮かべたままの口元で頷く。
「俺らからすりゃー、そっちのが馴染みあるもんな」
完全部屋着スタイルの凛太郎は呑気にバナナの皮を剥いている。その隣で一真は紙パックのミルクコーヒーにストローを突き差した。
「で、何で俺らまでここにいるんだよ……ほらバナナ一本やる」
「知らねーよ、お前らが望んで参加したんじゃないのか」
とりあえず凛太郎から差し出されたそのバナナを(勿論食いかけではないヤツ)受け取りながらミツヒロが答えてやると、ルーシーがまずはマントをふぁさっと片手で追いやった。
「ンー、どうせなら人類のためにひとッ働きしましょうよ? どうせ、ここにいたって君らがやる事と言えば屋上からリアルゾンビシューティングゲームとか、捕まえてきたゾンビを使って石井部隊みたいな生体実験したりするんでしょう? ろくでもない、その無駄な活力をもっと世の為人の為に活かしましょう。どうせなら」
「……何なんだよ、石井部隊って」
ぶつぶつと言いながらミツヒロが皮を剥ききったバナナを一口齧った。凛太郎がちぇっ、と拗ねたような口調で言ってみせ言い返した。
「まぁ別にいいんだけどさ、ナオ達と一緒にいれば事態が止むのを待ってるより生存率は上がるだろうし……でも俺達、協調性がものの見事にないんだよ。集団生活とかも結構不慣れだったしな。ほら、ムカついてもオナニーもまともに出来ないじゃん」
「言えてる、だから不自然にトイレ行きますって長い間篭ったりしたよね」
一真が付け加えるように同意してみせると、ミツヒロがあからさまに嫌そうな顔をした。一緒に共同生活をしていたナンシーもそんな彼らの姿にどことなく思い当たる節があるのか苦笑を浮かべている。
「……」
ミツヒロが何となく、今自分が食べている最中のバナナを見つめながら嫌な気持ちに陥るのが分かった。
「けどその辺のヤツに見境なく手出しするよりよーっぽど紳士的だろ? もう溜まりに溜まった時とかは本当相手とかどーーーーうでもよくなるんだけどね」
「おい、お前」
誰かさん――主に「そ」で始まって「け」で終わる奴、の影響下に敷かれてしまった凛太郎の主張を遮るようにミツヒロがその肩を握ってこちらへと向かせた。
「……お前これ食え」
「え?」
そう言ってミツヒロは食い差しのバナナを突き返してやった。
「何で? 勿体無いなあ、中途半端な事しないで全部食えよ。目が潰れるぞ」
「お・前・が・変っな事言うから! もう、そういうイメージがちらついて離れなくなっただろうがッ! あ〜〜〜っ、気持ち悪いッ! ったくなんつぅ胸糞悪い事してくれてんだ、テメェはよぉ!」
ミツヒロが嫌悪感丸出しの顔のまま、両手で己が髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱し始めた。元々寝癖仕様だったその髪が更にクチャクチャにかき乱されていくのは何となく愉快だった。
「そりゃいくらなんでもおにーさんの考えすぎじゃねーの?」
「だよね。こじ付けが過ぎるよね。多分欲求不満なんだよ、凛太郎。そっとしておこうよ」
「うるせぇ! 男が誰でもそういう話でキャッキャ喜ぶと思うな、クソガキどもめ! いいかぁ、下ネタにはTPOってもんがあってなぁ……」
何だか益々話がこじれて進まなくなってきてしまった。
ヒロシがこれ見よがしにため息を吐く中、ルーシーは三人のその様子を微笑ましそうに見守っているし、まりあはまりあでニコニコとしてヒロシの腕にしがみついたまま離れようともしない。
「い、いやぁみんな賑やかでいいなぁ」
作り笑いをする猫屋敷だったが明らかに賑やかでないメンバーも混じっている。例えばそのウサギマスク・ストライカーはその筆頭であるし、ナンシーも決して自ら明るく喋るタイプではない。……そして自分もそうだ。
フジナミはフジナミで静かにしているというよりは出されたお菓子を啄ばむのに夢中になっている。自分の世界に浸っていると言うべきか。
「はいはーい」
先行き不安になりかけたところでようやく、隊長の声が入った。
「ふざけるのはそろそろオシマイにして、お話進めますよー。いーいですかー?」
まるで幼児向け番組のパーソナリティーのような口調で言い、ルーシーはその三人のちっちゃな大人達の視線を集めるのに成功した。
「じゃ、まずは今日付けで入団して頂く事にした新人の紹介か……」
「ナオちゃん、ナオちゃん」
「んっ?」
ばたばたと会議の中へ飛び込んでくるのはサイドテールが似合う、ギャル系少女のリオだった。こう見えてメカには強く趣味は洗車と車いじり、なんていう女子力とはかけ離れたワイルドな趣味を持っているのだとか。
ナンシーちゃん登場!
前回はゴスっ子でしたが今回ではアオザイに
ジョブチェンジです。セクシーですな。
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