13-1.痛みが僕を連れてくる



「この、馬鹿っ」

 騒然としたままの避難所内に更に響き渡るような怒号。

 それと共に、由紀枝がうつぶせの穂邑に馬乗りになったかと思うと、アゴに両手を廻しキャメルクラッチを決めている。流石は、格闘家の嫁。嫁さんまでもが武道の使い手なのであろうか、というか妊婦なのにもっと安静にして欲しいと事情を知っているものは皆一様に思った。

「このバカ夫! この、この、このこのっ。一体どんだけ心配かけさせりゃ気がすむってーのよ! アンタってヤツはぁああ! 大体もう四十歳なんだからその辺弁えなさいよね、うりゃー!」
「あ、あ、あ、謝るって! だからゴメンってば! いででで、あいででで、あががっ」
「お、奥さん……け、怪我人なので、もうその辺にしてあげては……」

 修一が慌てて止めに入るが由紀枝は聞く耳持たずだった。マツシマは、特にリアクションはせずに黙ってそれをじっと眺めていた。
 何の気はなしに、崇真もその隣に立って一緒にその姿を見つめている。

「これっくらいのキツイお灸据えなきゃ分からないのよ、この空手バカは! 殴られすぎて痛みの感覚吹き飛んじゃってるのよッ! だから平気で危ない事もやっちゃうのよね、そーよねっ!?」
「ぐ、ぐえぇ〜……」
「あ、い、いや、あの! せ、先生のお陰で子ども達が助かったんですよ! で、ですからどうか……」

 慌てふためく修一だったが、由紀枝の目にうっすらと涙が滲んでいるのをはっきりと見た。

「……ほんとに心配、したんだから……っ」

 その言葉を最後に、由紀枝の拘束が緩み、両目からはどばどばと滝のような涙が流れ始めた。

「心配したんだからね……あ、あ、あなたが死んじゃったら……私――私……」

 子どものように泣きじゃくり、由紀枝はこぼれてくるその涙を両手で拭う。

「フフ、父さんったら……その年齢にして女性を泣かすなんてプレイボーイすぎるね」

 その傍らで欧米人さながらのリアクションを添えているのは息子のしゅうだった。そして更にその傍には、娘で双子の小雪と沙雪が、同じタイミングではぁっとため息を吐いている。

「わ、悪かったよ……もうやらないって」
「う……う……うぇえええん! 良かったぁ、良かったよぅ……」

 穂邑に肩先に顔をうずめながら、由紀枝はわんわんと泣き声を上げた。穂邑のジャージに、涙で溶け落ちたものであろうファンデーションやアイシャドウが遠慮なく施されていくのが見えた。

「――ごめん。俺が悪かった」

 いつになく真剣な調子で言い、穂邑は由紀枝の小柄な身体をしっかりと抱き締める。修一も、心も、翔太もそれを見てじーんとしているのか嬉しそうにそれを眺めていた。

 マツシマもふっと絆されたように笑ったが、やがて無言で踵を返すのであった。

「ま、マツシマ君? どうしたの?」

 修一が問いかけるとマツシマは背を向けたままで答えるのだった。

「ん……、ちょっと一服してきます」

 歩き出しながら、マツシマは片手を持ち上げてひらひらと動かして見せた。崇真も続けざまにその後へとついていき、何となく彼の背中を追うのであった。




マツシマ複雑に違いないね……うん。


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