01-3.化け物には化け物を



 突然のブチギレに身内である弟も、少し離れてその場を見守っていた首藤も、そして沼藺もぎょっと目を見開き各々が驚いたようだが背後の黒づくめの用心棒だけは微動だにしないから不思議であった。

「そいつらの目的は何だ? 何だったんだ?」
「え? え?? 何よ、それが一体何の……」
「質問に質問で返すな! 俺の指示ひとつで背後の『番犬ジョー』がお前の目ん玉くり抜くぞ、ええ?」

 番犬ジョーと呼ばれたその男は、兄の言う通りに彼が「やれ」と言えばすぐにでもそうするつもりだろう。何の躊躇いも慈悲もなく――沼藺はごくりと固唾を飲みこんだ。

「……お、男の情報を頂戴と……」
「ほぉ。男って?」
「例の、隻眼の男の事よ」

 沼藺の言葉に兄の眉根がひくりと吊り上げられた。

「サージェントとか呼ばれている、百億円の価値があるとか何とか騒がれている今モテモテのあいつか? ん? うん?」
「え、ええ……そうよ、そうだけど」

 少しでも動くとナイフが刺さりかねないので、沼藺は加減しながらこくこくと頷いた。頷くというよりは、顎を引くような感じであったが。

「それで。沼藺、お前そいつらに情報を出せと言われてどうした? 言ったのか?」
「話せる事は一応ね、別に大した情報も持ってなかったしいいじゃない、もう終わった話だわ」
「ほぉ〜〜〜……、舐められた事をしたもんだ。無名の、薄汚いクソオヤジに脅しかけられてへいこらとお前は情報を差し出しちゃったわけだ。あんらら、おやおや、アハァ〜」
「口に拳銃突っ込まれてたのよしょうがないでしょッッ!!」

 こちらの言い分等はまるで聞き入れる気配などはないらしく、兄はしばらく一人で高笑いに暮れていた。それから落ち着いてきたのか、額の辺りをぺしーんっと景気よく一発叩いて、再び沼藺を見た。

「新参の組に、それもガキんちょに丸め込まれてんじゃねえ! このクソ禿のクソカマ野郎が!」

 組、という言い方はそぐわないのかもしれないのだが――兄は再びキレると沼藺のスキンヘッドの頭部を床に乱暴にガンッと叩きつけた。

「情報云々の問題じゃねえ、そんな無名のクソガキどもに出し抜かれてる事そのものが終わってるんだよウスノロがぁあっ!」
「兄貴ぃ、俺もう腹減ったよぉ」
「ウルセーこのドサンピン! その辺りに散らばってるつまみでも喰ってろ!……沼藺、てめぇな、面目丸潰れじゃねえかコラ。この辺一帯は俺らみてぇな名のある奴らが仕切ってたはずだ。そうだろ? それを、右も左もよく分かってねえ団体に幅利かせられたんじゃあたまったもんじゃねえんだよ」

 弟は飽きてきたのか、兄の言われた通り勝手にスナック菓子を拝借し始めたのであった。倒れたソファーの上に散らばった柿ピーを拾うともそもそと勝手に食べ始める……。

「わ、悪かったわよ……それは屈したアタシのせいだわ……けどアタシの身にもなって頂戴。あのルーシーって男、本当にヤバイのよ。アンタだって知ってる筈だわ、むしろアンタ程のクラスの、知恵の回る奴らこそ同じように考えるんじゃあなくって? 下手に手は出すべきじゃない、とね」

 感情的になっているので、ここは少し下に出つつ、尚且つさりげなく持ち上げる事を忘れぬようにこちら側の主張をくれてやると兄はそれで不承不承ながらにも剥き出しの殺意を緩めたようであった。扱いさえ弁えていれば単純なので、沼藺はこの男はそこまで恐ろしくはないのだった。

 そう、真に恐ろしいあのルーシーとかいう存在を比べたらば……。

「だからこそ気に入らねえんだよ……チッ!」

 兄が舌打ちと共に、ジョーと呼ばれているその用心棒に沼藺の拘束を解くよう片手で指示を出した。ジョーがナイフをひっこめるのと共に立ち上がり、沼藺を解放したようであった。一気に身体の力が抜けていくのを、沼藺は感じ取った。

「ありがと、ハニー。貴方も素敵ね、中々にキュートだわ」
「…………」

 冗談交じりにジョーへと喋りかけてみるが、やはり無反応のままである。目深に被った漆黒のフードのせいでぞの表情も口許と、僅かに見える目元しか窺い知れない。年齢にしてみれば中年ぐらいで、この兄弟よりもずっと年齢は上に見えるが何とも不気味な男である。

「彼きっとシャイなんだよ、あんまりイジんないでやって」

 弟がウインクと共に返すと、沼藺は思いっきり作り笑いで応じておいた。

「それよりも沼藺、今月の分は」
「……ああ、はい。そこはちゃっかりしてんのね。てっきり忘れてくれているかと思いきや」

 言いながら沼藺は負けを認めたよう、自分の指に嵌めてあった高価そうな指輪を外した。

「本物よ、言うまでもないけど」
「毎度」

 ひったくるようにそれを奪うと、兄は背後の弟に手渡した。弟はそれを何か玩具でも眺める子どものように、嬉々とした目で見つめたのだった。光に照らしてみたりしながら、弟は大きなダイヤのはまったお世辞にもいい趣味とは言えないゴテゴテの指輪を眺めた。

「よし、行くぞ。まだ取り立ては残ってんだ」

 ようやく出て行ってくれそうな気配に沼藺が大きくため息を吐いた。例のフードの男、ジョーだけはやはりひどく冷静である。取り乱すでもなく、只淡々と一人次の行き先へ向かう為に歩き出したようであった。

「……次はお客さんとしてもどうぞ、最近不景気なのヨ」
「そうだな。ただ酒しても文句は言われないくらいに貸しも作ってある事だし」

 嫌味ったらしく言ってみたらこれがまた嫌味で返されたので、沼藺はどうしようもなさそうになって肩を竦めた。

「中年のライター……、って。いや、まさかなぁ? そんな……」

 そんな喧騒から一人外れるよう、ライフルを手にかけたまま首藤は独り言ちたのであった。
 
  
 
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