10-2.我が職業は死



 ジョーはそれからナイフを完全にしまうと、マツシマと対峙するようにして立った。それから、そのジリジリとした間合いのままに言った。

「俺が行こう」
「……は?」
「――俺が中へ向かう。お前は避難所へ戻れ、無事に子ども達が戻れているか確認するのが先だ。その役割はお前の方がいいだろう」
「きゅ、急に現れて無茶苦茶言いやがるなぁアンタ? 名乗りもせずにそんなのすんなり受け入れるわけが、」

 そう言って踏み出しかければ、ジョーは今度は先程のようなどこか慈愛の籠った優しげな目つきじゃなくて威圧するような視線でマツシマを見つめてきた。というかもう、睨んでいた。射抜くようなその眼差しに、マツシマは思わずグッと言葉を噤んでしまう。

――何だ。何だよ、この妙な感じ……

 単純に怖い、とか、びびってる、とか単純なものじゃない。そうしなくちゃいけないのだ、と本能が自分自身に警鐘を鳴らしている感じがした。生まれてくる前から脳裏に刷り込まれて刻まれてインプットされていたように、この男の言葉には従わなくちゃいけないような気がしていた。全く、どういうわけなのか――マツシマは気付けば額を流れている、冷たい汗の存在を知った。

「……、助けてほしいのは一人だけじゃない。全部で二人いる。あんたの言ってるその隻眼の男ともう一人……俺と同じ制服を着てる男子学生がいる筈なんだけど」
「――成程」

 ジョーが頷きながら正面を向くと、それ以上の会話は不要とばかりに一歩進み出そうとする。もう時間も惜しいのは確かなのだ、無駄に会話をしていて遅れるよりは一分一秒でも早い方がいいのに決まっている。
 当然のように、マツシマはジョーの背中をまだ納得がいかないながらにも見守っていると、ふとどこかで――いや、上だ。学校だ――ガラスの割れるけたたましい音が響いてきた。

「っ!?」

 マツシマもジョーも同時に音の響いた方を見上げると、割れた窓から一人の影が飛んでくるのが見えた。落ちていったその影は、地上目がけて真っ逆さまに降り注ぎ、矢の勢いで停止してあった車のボンネット上に衝突した。凄まじい衝突音は、発砲音のそれを凌ぐ大きさで二人の耳を劈いた。

 一瞬だけなので何とも言えないが、サージェントか崇真のシルエットではないようには見えたが――言葉を失っているとジョーの方からひどく切羽詰った調子で声がかけられた。

「――いいから急げ、避難所の方も安全とは言えない!」
「……」

 後ろ髪を引かれる思いは捨てきれなかったものの、先に戻った穂邑の事もあった。彼が無事に戻っているかどうかも確認しなくてはならないし、今しがたジョーが言ったように避難所に何も起きていないとも言い切れない……。

 勿論、目の前に突然現れたこの男の事を信じたわけではないがどういうわけなのか――マツシマは改まったようにジョーをじっと見つめた。

「信じるぞ? アンタの事……」
「今はそうしてもらえると助かる」
「あ! 言っとくけどなぁ、もしアンタが結局裏切ったとしても俺は別にショックなんかこれっぽっちも受けないから。……犬に噛まれた程度にしか思わないし、アンタがどういうつもりか知らないけど何っっっにも動揺とかしないしね? 分かったか」
「……安心しろ、騙すメリットなんかない」

 何だか不思議な心地だった。何故か自分はこの男の事を遠い昔から知っている気がする――、漠然とそう感じたものの、マツシマにはそれが掴めずにいる。歯痒かった、何ともかんとも。

 マツシマは小刻みに頷いて、踵を返したのちにその場から駆け出したのであった。





知ってるも何もそれがお前の大大大大
だーーーーい好きなパパぢゃねえかー!!
……とは言えないのがミソ。

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