見届けた後に崇真がライフルを降ろしたが、サージェントは警戒を解かないでいた。ハンドガンを構えたままで、サージェントの視線はその女ゾンビではなく、既に次の部分……その奥で揺れる防炎カーテンの方を睨み据えていたようだった。
崇真には何も感じられなかったが、そんなサージェントを見つめているうちに次なる異変が訪れている事を自覚させられた。
サージェントがはっと振り返った、ひいては自分達のすぐ背後。つられるように崇真も振り返れば、そこにいるのは明らかに先程まではそこにいなかった人物――であった。人物、という言い方はそぐわないのかもしれない。
異様なその出で立ちをした人物は二人いて、一人目はその顔に何故か能面を被っている。ひとえに能面、と言っても多種多様あるわけだがこちらは『小面(こおもて)』と呼ばれる種類のオーソドックスなものである。いわゆる一般的に思い浮かべるであろう、女性を象った面立ちのものだ。
揺れる黒く長い髪は鬘であろうか、そしてその身を隠すようにして包み込む深紅の衣には何かのまじないの言葉めいた文字がびっしりと描かれた包帯が巻きつけられている。
ひときわ目を引くのが能面の上に更に嵌められた機械じみたモノクルで、面の上からでそれは果たして効力があるのかどうか――と、こんな時にまじまじと観察してしまったが、ともかく。
「……っ」
サージェントは察知していたのかもしれないが、気配などまるで感じられなかった崇真はうろたえるようにして微かな声で呻いた。
「一つ、二つ……おや。聞いていた話よりも少々足りない」
能面のそいつは、髪型と身体つき、そして何よりその顔を隠す面のせいで年齢は愚か性別までもが判別不能であったが声でようやく男だと分かった。
そんな能面の男の背後に佇むのは、これが華奢な少女であり、ナースキャップにナース服姿、そしてボブ気味のおかっぱ頭をしている。が、異様なのは普通の看護婦さんとはいかずに全身真っ黒な、いわゆるゴス風の看護婦さんスタイルなので普通でないのは明らかであった。
服装のお陰で一瞬騙されかけたが、崇真はその少女に見覚えがある。まじまじと彼女の顔を見つめ、それから問いかけてみた。
「お前――、まさか望月?」
黒ゴスナースの少女は、名指しで呼ばれても興味がなさそうに代わりに一つあくびで返した。
「ふわぁ……。あっ、覚えててくれたんですね〜、何かすごく意外でした〜」
「何だ。誰だ?」
サージェントが尋ねかけると、崇真が少女を再び見据えた。
「同じクラスの……女子です」
「厳密にいうと『元』……なんですけどねぇ〜」
そこは付け加えると、少女――女子十九番、望月真亜子(もちづき・まあこ)はオマケにもう一つ大きなあくびをして見せた。
「……パラメディック」
「はぁい〜??」
「話で聞いていたよりも面白そうな材料だな――これは是非、持ち帰って研究がしたい。イルゼ様は殺して持って帰って来いと仰ったが、生きている標本を実験に使った方がより良いものが作れる」
「えぇ……まー子、面倒になりそうなのは勘弁してほしいんですよぉ。イルゼ様、怒ったらちょーめんどくさそうじゃないですかぁ。なんでぇ、やめましょうよ、メンゲレ博士ぇー」
状況にも関わらずに随分と呑気な声で、彼女は言うのだった。
「おい、望月。一体どういう事なんだ――大体その服装といい、今の呼び名といい……」
崇真が説明を求めるように一歩踏み出せば、サージェントがそれを背後から止めた。
「門倉……」
やめておけ、とその視線が訴えるのが分かり、崇真はそこから先踏み込むのを躊躇った。サージェントは代わりに、と言った具合に崇真の前に塞がるようにして立ちそれから口を開く。
「おかしな野郎達だな、何の用事だ一体?」
「おかしいのは貴方も同じでしょうに」
能面のその男が、何か含みでもあるような言い草で返したがサージェントはさして反応も示さない。いつものポーカーフェイスを崩さぬままで、サージェントは手にしたオートマチック式の拳銃の引き金に指を這わせていた。
「パラメディック。……そこのゾンビ、使えそうか」
「ん〜……血液採取しないと分かりませんけどぉ……とりあえず打っちゃってみますー?」
彼女自身が認めるように『元』望月真亜子であったその少女・パラメディックはやはり呑気な調子で振り返り、背後でうーうー唸っていたゾンビの一人めがけてトコトコ近づいて行った。
「おい、頼んでもないのに何を見せるつもりだ? 生憎だけど俺達には時間がないんだが」
「そう時間は取らせませんよ、サージ」
能面の男が、元々知っていたかのような口ぶりでサージェントの名を呼んだ。崇真がそれにやや顔をしかめたが、張本人であるサージェント自身はやはりうろたえる気配もなかった。
「これからの為に目に焼き付けておいた方がいいと思いますよ。私からのちょっとした助言ですがね」
「……お前、何者だ?」
率直に尋ねかければ能面の男は、表情こそ窺い知れないが微かに笑ったらしい。その肩が小刻みに震えて、面越しのくぐもった声が発されるのが分かった。
「ヨーゼフ・メンゲレ。人間の淘汰と改良、そして新たな世界を構築する者です」
「『死の天使』ってか?――まるで中学生の発想みたいだな……」
はっ、とサージェントはせせら笑うような調子を出したがメンゲレと名乗ったその能面の男はさして反応も示さなかった。もっとも、面で隠されているがゆえにその仮面の下ではどういう表情を浮かべたのか不明だったのだけれど。
まーこちゃんとメンゲレきた〜〜〜!!
リアルタイムの時より早い登場と相成りました。
まーこちゃん結構お気に入り悪女だったので
妙に贔屓されてる系女子ですね。
メンゲレ博士の元ネタは無論、ナチスの死の天使
メンゲレ博士からなのですが崇真はピンと来てないね。
健全に生きてる高校生なんだから
ナチスのサブカルチャーなんか知らなくて当然だけど。
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