09-2.飢えた皮膚



 既にほとんどの人間が逃げた直後の校内はがらんとしていた。乱雑に物が散らばってはいるが、静まり返っている。
 だが全くの無人というわけではなく、ゾンビ達が全て活動を停止させたかと言えばそうではないらしい。鴇田の指示で動く死者もいたようだが、そうではない者も存在している――昇降口で早速お目見えになったのは迷いゾンビだろうか小学校には似つかわしくない振袖姿に派手な髪型をした女性ゾンビである。

 ショットガンは一度背負う事にして、サージェントは使い慣れたオートマチック式のハンドガンで応戦する。振袖姿の派手な見目をしたゾンビがそれで頭を吹き飛ばされ、今度こそは息絶えた。
 サージェントはその死体を飛び越えて、更に先へと進む。

 それにしても先程からのこの妙な胸騒ぎの正体は――、何かとてつもなく嫌な予感がするのだ。早く崇真を見つけ出して合流せねば。サージェントが階段を駆け上がるようにし、屋上を目指して一目散に足を進める。

「……門倉ッ!!」

 それに応じるようにガシャン、と物音がした方を振り返れば口元を血まみれにした男ゾンビが教室から飛び出してきた。教師なんであろうその男は中年ぐらいの年代で、比較的かっちりとした服装に身をまとめている。今、そこで何をしていたのかなんてその汚い口元を見れば想像がつくがあまり深くは考えたくなかった。

 サージェントは冷静に引き金を絞ると、男の脳天を撃ち抜いた。

――どこだ……?

 まさか入れ違ったのではないか、と思いつつも屋上へ向かい足を進めていると不意にどこからか名前を呼ばれた。

「サージさん!」

 それから廊下を走ってくるのは、狙撃銃のストラップを担いだがっしりとした体躯。見間違えようもなく、探していた崇真その人であった。やはり屋上でも戦闘は逃れる事は出来なかったのであろう、いつもはきっちりと着こなしている制服が随分と乱れている。
 戦闘の末にボタンでも千切れたのか、さっきまでは喉までキッチリと止めてあったはずのカッターシャツのボタンの一番上が外れている。それで胸元がはだけているのが分かり、ネックレスか何かチェーンが揺れているのが見えて、彼にしては似つかわしくないものを身に着けているのだなとサージェントは思った。……こんな時に何だが。

 制服に散った返り血が顔やら腕にも付着しているのを見て、サージェントは意味深に崇真の顔をちらりと見やった。

「大丈夫か?」
「噛まれてない、ですよ」

 第一声がまずそれだったが、時間もまあそう余裕がないので手短で助かると言えば助かるのだが。他にも心配してやりたいのは山々であったが、何よりも知りたいのはその部分に帰結する。

「……なら、いい。行くぞ」

 そう言ってサージェントは崇真の腕を軽く叩くと、歩く事を先ずは促した。崇真もそれが分かっているのか、軽く頷いて返すだけである。

「ところでサージさん、何故ここへ? マツシマは……」
「先に行ってもらった。……何だか胸騒ぎがしてな。頭がザワザワするんだ、こういう時は。頭に直接響くみたいにして妙な反響がある」

 その答えに当然崇真は訝るように眉をしかめて、いつも以上に険しい表情になった。

「……反響、ですか?」

 一瞬の間があって、サージェントは動かしていた足をはたと止めた。それから少し振り返るようにして言った。

「当たるんだよ、俺の嫌な予感は」
「……」

 それ以上深くは突っ込めずに、崇真はそういう事なのだと一人納得しておく。サージェントというこの男、まだその素性のほとんどは知らないがこれまでの時間を共にして分かったように並大抵の素人じゃない事くらい容易く分かる。
 そりゃあ普通の生活を送っている人よりも第六感、ないし危険予知への勘が鋭くなってしまうのは当たり前なんではないかと思うが……そう思って納得させると、崇真はサージェントの後を追い歩きはじめた。

「とにかく早く行くぞ、残してきた湊達も心配だ」
「え、ええ……」

 行きも行きなら帰りもそのようで、火をつけられて燃え上がったゾンビ達が早速二体ばかり教室から姿を見せるのが分かった。

「弾が勿体ない、このまま突っ切って――」

 サージェントが崇真に指示を出したその瞬間、崇真が何かに気付いたようで叫ぶのと同時に手の中のライフルをすぐさま構えた。

「……!?」

 連なるようにサージェントが振り返れば、そこにいたのは何とも言い難い奇妙な生物――であった。
 ゾンビというか、とりあえずソレが人であるのは分かった。理解できたが、しかし受け入れがたい容姿をそいつはしていた……。

「……こいつは」

 その姿を目に留めるなり、言葉を失うサージェントの背後で崇真が再びのように叫んだ。

「サージさん、伏せて下さいっ!」

 そいつはブリッジのような姿勢を取った女ゾンビだった。そして、あろう事かその姿勢のままで移動をしている。奇妙なのはそれだけではなく、その女の首がバキバキと音を立てて回転し、有り得ない事に正面を向いたのだった。

 女はまだ自我があるのか定かではないが、他のゾンビのように無表情というわけではない。その顔に笑顔を浮かべており、「んふふふふふふ」と笑い声を鼻から吐息と共に漏らしているようだった。

 崇真は躊躇せずに引き金を絞ると、女の額に弾丸が命中し女の身体が翻るようにして裏返った。まるで蜘蛛を殺した直後を思わせる息絶え方に、マツシマがこの場にいなくて良かったと思ってしまった。




サイレンの蜘蛛屍人みたいな感じ?
もっと言えばマウスオブマッドネスっていう
クトゥルフ系な映画に出てくる
ヒロインのクリーチャー化した姿を想像してました。
あれヒロインの扱いひでーよなw
身体がバキバキ言い出したかと思うと
ブリッジみたいな姿勢になって追いかけてくるの。
超怖い。トラウマ。
ところでサージさんの台詞がちょと伏線めいてます。ここ。


TOP
←前/次→

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -