ボルトアクション式のライフルが出す、あの音が止んだような気がした。
マツシマが依然、鴇田と交戦を交えながらそう思っているとその心を読んだように鴇田が笑った。
「おや。援護射撃が止んだら、急に弱気になりましたね?」
あざけるように言い、鴇田はマツシマを見た。
「今頃、お前らのお友達なんでしょうその狙撃手とやらはゾンビどもの餌になってる事でしょう。生きたままその肉を食われ、奴らの仲間入りですよ……可哀想に」
「……あいつはそう簡単にはくたばらねーよ」
毅然とマツシマが言い返し、同じく鴇田を睨み返した。
いくら相手が人間以上の存在だとは言え、あっちにも限界はある――お互い体力の消耗が激しいのは明らかであった。
崇真の援護を受け、何とか互角に戦う事は出来たもののマツシマもかなり疲労していた。息が乱れているのを悟られぬよう、取り繕うのに必死だ。これ以上、延長戦を続けるのはこっちの身が持たない。
――次で決めさせてもらうぜ、駄犬野郎が……
進んだ、すかさず間合いを詰める。マツシマが賭けに出ようとするのを先読みしたよう、鴇田も怒号と共に走った。地面を揺るがすようなその勢いで、矢のようなスライディングを仕掛けてきた。
上体が崩され、マツシマの手元からスコップがするりとすっぽ抜けた。転ばされぬよう何とか踏みとどまったものの、鴇田は手負いとは思えぬほど人間離れした動きでマツシマの背後へ飛躍する。
空いた右腕で、マツシマは肘打ちをアゴに決めようとするが逆にその手首を決めらてしまう。鴇田が、相手をいたぶる事には何の禁忌も持っていなさそうな顔つきで笑いその手首に力を込めた。立った状態からの逆十字を決められたに近い。
「……あぐあぁああっ!?」
捩じ上げられてマツシマが苦痛の声を漏らした。
「痛いですか、苦しいですか?――簡単には死なせてやりませんよ、私に楯突いたその罪の重さをよく思い知ってから逝かせてあげましょう……」
楽しそうに言い、鴇田はまた堪え切れなかったように笑い声を上げた。興奮しているのがよく分かった、こいつは――殺しを、むしろ楽しんですらいるに違いない。倒錯的な感情を持ったヤツなんだろう。相手を執拗に追い詰め、ねちねちと甚振り、それを至上の喜びとする。
――だがな、それはお互い様ってなもんだぜ?
マツシマは苦悶の表情ではあったが内心笑い出したくもあった。自由の利くほうの片手は、もう既にポケットにしのばされていたからだ。
「ぐっ!?」
バタフライナイフをすぐさま振り出して、マツシマは鴇田の顔面を斬り付けた。片目から鼻の上をざっくりと一文字に切り裂かれた鴇田は、どくどくと流れる血液を拭いながら茫然としている。
マツシマが笑いながらバタフライナイフをちゃきんちゃきん手の中で躍らせているが見えた。バタフライナイフアクションというやつだろう、半ば挑発的にそれをやって見せた。最終的には逆手にそれを構える形になって、マツシマはナイフで応じる構えになった。
「貴っ様、よくも――」
鴇田が怒りを露にその顔を歪め、殴りかかってきた。スコップよりその威力は劣るかもしれないが、マツシマにとってはこちらの方が軽くて扱いやすかった。何度か補導され停学処分も食らわされたという、その曰く付きのナイフ裁きでマツシマは鴇田の攻撃を翻弄する。
バタフライナイフかっこいいよな。
厨二臭いけどかっこいいわアレ。
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