ゾンビの口が、寸でのところで崇真のカッターシャツを掴んだ。肌には触れなかったものの、これでもう少し距離が詰まっていたら見事に喉笛を食いちぎられていたに違いなかった。ぞっとしつつも、怯えている暇なんてない。
「クソッ、放せ!」
絡み付いてくるそのゾンビを腕力で押し返すと、弾みで襟元のボタンが千切れて飛んだ。屋上の下にすぐ見えるグランドへ、外れたボタンが落下していく。
はだけたその胸元に、弟の――そう、ノラがかかさずに首から提げていた、あの十字架が光を反射させた。まさかその程度の反射で目が眩んだとでも言うのだろうか、ゾンビがその十字架を見るなりこちらに向かって伸ばしていた手を止めたので崇真も驚いてしまう。
まさかとは思いつつも、見ればゾンビのその濁った目はしっかりと崇真の十字架を見つめている。まるで観察でもしているみたいに、二つの眼差しはその十字架へと釘付けになっているようだった。
「……?」
そして先程までは見せていたような凶暴性などは微塵もなくなり、ゾンビは攻撃を止めるどころか後ずさり始めた。
――何だ?
その間にもゾンビの双眸はしっかりと十字架へと注がれている。これが向こうの作戦で、急に襲い掛かられでもしないかと崇真の指は常に拳銃へとかけられていたものの、それを使う事はなくなりそうであった。ゾンビが、後ずさったかと思うと軍人がやるように敬礼を始めたからだ。
「な――、」
ゾンビはしっかりと、軍隊などに見られるような挙手敬礼をしたまま崇真を見つめている。手出ししてくるどころか指先一本でさえこちらへ向けてくるような気配は一切も無かった。
「……何、だ?」
その不可解な行動に思わず声を発さずにはいられなかった。
敬礼を解くと、ゾンビは背を向けてふらふらと片脚(もうほとんど千切れかけている)を引き摺りながらその場から去っていくのであった。それを追いかけて撃つような気にもなれず、崇真はその不可思議なゾンビの行動にしばし目を奪われるばかりだった。
ゾンビは生前の行動を頼りに
動くと言いますがこれは一体……??
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