シノの問いかけに、ジョーはナイフに付着した血液を払いながら答える。
「……君は?」
「?」
「ここで子ども達が逃げ遅れているという話を聞いた。それが、君か?」
ボソボソとした調子ではあったが、ジョーはそう言ってシノにはっきりと問いかける。シノがよく分からなさそうに小首を傾げていると、修一が代わりに話し始めた。
「あっ……そ、それを助けに来たのが俺達で、ええと一先ず子ども達は何とか送り届ける事が出来たんですけど!」
修一の台詞にジョーの視線が向けられるのが分かった。それで何故か修一がびくっと反射的に身を竦め、やっぱりシノがここでもう一度踏み出した。
「おじさん、オジサンを助けてあげて」
「……?」
「運動場に僕のお友達がいっぱい戦ってるの。このままじゃ……このままじゃオジサンが殺されちゃう」
シノにとっては大人の男性全部が『おじさん』になってしまうようなのだが、ややこしいけどもまぁともかくとして。ジョーはしばらく考え込んでいるのかそこで黙り込んでしまったが、助けてもらったとは言えど警戒心を捨てきれないのが大人というものだ。
修一が慌ててシノを背後から引いて止め、何とか言葉を紡ごうとする。
「あ、い、いや! あの! えっとですね……その、助けて下さってありがとうございました本当に……」
「おじさん、お願いします! オジサンだけじゃないよ、崇真お兄ちゃんもマツシマお兄ちゃんもいるの。それに、ゾンビと一緒にとても強そうな怖い人がいた。もしマツシマお兄ちゃんが負けちゃったら……」
「っ……」
フードで隠れていてそれは悟られなかったであろうが、ジョーの眉尻がそれでピクリと持ち上げられた。ジョーは言葉こそ発さなかったものの、それで彼の中では決意が固まったらしい。
ジョーの服を掴むシノの背後からは、修一が慌てふためいて彼を引っ張るばかりだった。
「――……」
しばしあってから、ジョーはナイフを持っていた片手を持ち上げて校門を刃先で差した。それから、やはり静かな声で言った。
「行け」
「……えっ」
「ボサボサするな。抜け出すなら今が好機だ、とっとと行け」
本人にそのつもりはないのかもしれないが、まるで怒っているかのような低い声でそう言われるとやはりちょっと怖い。修一がそれでも縋ろうとするシノをほとんど無理やりに引っ張った。
「おじさん……っ」
「し、シノ君! 行こう、ねっ!?」
その場から何とか連れ出すようにし、修一一同は彼が言ったとおりにすっかりゾンビが手薄になった校門へと向かうのだった。確かに、抜け出すには絶好の機会だろう。これを逃す理由などない。一方でジョーはその場で停止したまま、何か考え耽るようしばしの間俯いてアスファルトの一点を見つめていたのだった。
ジョーから離れた直後、当然のように修一達の会話に出てくるのは彼の話題である。
「こ、怖かったぁ……。って、助けてくれた人に失礼だけどもう迫力が凄すぎて……し・心臓バクバクだぁ」
「――あの男……」
穂邑が、振り返りながらジョーを一瞥してから再び正面へと顔を戻す。
「相当な手練れだろうな……、ちょっと格闘技を齧っている、だとか趣味や健康程度にたしなんでいるとかのレベルじゃない。あの男が学んで身に着けているのは……間違いない。スポーツとしてではなく、喧嘩としてでもない。『殺す』為の武術だろう」
一瞬だったがあの動き。戦い方。素人じゃないのは当然だが、経験者という言葉を遥かに凌駕するものだった――珍しく真剣な口調の穂邑の声に、修一も圧倒されたよう目を細めた。
それから、畏怖するように背後を振り返ってもう一度ジョーを見たが、既にその姿は跡形もなくなっていたのでぎょっとした。
「い、いない! もういないですけど、あの人……ま、まさかさっきの穂邑先生をボコボコにした人の仲間じゃないですよね!?」
「そ、その言い方何か引っかかるなぁ〜、修一さん??――ま、いいか。しかしゾンビ達が襲い掛かっている姿を見るにその線は薄そうだが」
「……はっ、そ、そうか……」
謎の多い男ではあったが、穂邑は個人的に興味を抱いてもいた。同じ格闘技を体得している者としての念だろうか? それとも――と、穂邑は先程抱いた強烈な既視感の正体に理由をつけてみようとした。
願わくば、こんな形ではなくもっと他の形で再会したいものであった。
穂邑先生、正体に気付けず!
貴方の教え子のお父様なんだよぉおおおお!!><
丁度うまい具合にフィリピン武術には
ダーティーボクシングというのがあるんですね。
公式のボクシングのルールとは違ってやや反則的な
技が多いのが、色々あったマツシマパッパにはぴったりですね。
うーんこの。
しかしマツシマファーザーは他人の子どもを助けるのに
わざわざここに飛び込んできてさ、
でもその実の息子マツシマはというと
気に食わない子どもを蹴っ飛ばしているという
拭い去れない事実があるのが皮肉すぎますね。
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