06-4.シーク・アンド・デストロイ



 バブは鼻が利くのか、ゾンビどもの強烈な腐臭を嗅ぎ分けながら安全な道を探しつつ何とかして進んでくれている。

「こっち!」

 シノが差した先に進む修一と穂邑だったが、危惧していたようゾンビ達は着実に数を増やしているようだった。さっきまでよりも確実に多くなっている――修一は額の辺りから伝って来る嫌な汗の感触を知った。

「まずい……こ、こっちに行こう!」

 修一が横手に逸れようとしたが、校舎から出てきたゾンビが三体ばかり既にそこを陣取っている。思わず舌打ちをしかけて、修一は足を止めた。

「どうしよう……」

 シノが怯えたような声で漏らすと、修一は唇を一つ噛みしめた。

「は、走って突っ切るしかない、かな」

 どこか不安げな修一の声に、穂邑がくぐもったような声を漏らした。

「修一さん。……どうしても無理だったらやっぱり俺の事は構わずに、二人だけでも何とか逃げて下さいよ」
「で、ですから……そんな真似は……」
「これは断じて弱音なんかじゃないですよ、現実的に考えてものを言ってるだけです」

 肩に回した穂邑の腕に力がこもり、修一は下唇を血が滲みそうな程に噛んだ。迷っている暇さえも今は惜しいくらいだ――修一は振り切るよう、シノと視線をかわしてから再び走り始めた。
 当然、ゾンビ達にはあっという間に気取られてしまい四方からゾンビ達が手を伸ばしてくるのが分かった。

「は、走れぇっ!!」

 修一が息も絶え絶えに叫ぶが、穂邑が言うように誰かを庇いながらというのは限界があるのも事実だった。だが――、修一が覚悟を決めながら何とか走り続けた時、すぐ目の前にいた一体のゾンビが血しぶきを吹きながら倒れ込むのをしっかりと視界に焼き付けてしまった。

 危うく返り血が口の中に入るところであったが、咄嗟に身を引いて修一は再び正面を見た。

「え……!?」

 修一だけではなく、シノも穂邑も驚いた顔をしていた。が、倒れ切ったゾンビの背後に佇むその人物に目を奪われるのに時間はかからないのだった。
 フードを目深に被り、全身黒一色を纏わせたその人物に全員覚えはない。が、一先ずのピンチを凌げた事に変わりはないだろう……しばし修一はぼんやりとしてしまったものの、すぐさま次のゾンビの手が伸びてきた。

「危ない!」

 シノの声がしなければそうやってずっとぼうっとしていたのかもしれない、修一が慌てて行動しようと足を動かした時にはもう一体目のゾンビも、その突然のように降臨した人物によって薙ぎ払われていた。
 体躯からして男だというのは分かったが、男(無論、『番犬ジョー』である。修一達はその事実を知る由もないが)はナイフを両手に装備しているようであった。両手にある大ぶりなナイフを操れば、再びのよう風を切る音と共に宙には真っ赤な花弁の如き血液が舞い、黒いマントが翻る音がした。

「う、わわっ!」

 反射的に叫びながら修一は思わず目を閉じ、全身を強張らせた。勿論、一体目のゾンビを倒した時から分かっていた事ではあるが突然の救世主は単なる一般市民とは明らかに違う。その風体や体つきにしたってそうだったが、動き方とて単にカランビットナイフを振り回しているだけではないのだ。

 ジョーのファイトスタイルは、ナイフによるアクションだけではない――穂邑が修一の隣で観察するようにその動きを眺めているが、その独特な型につい見入ってしまった。
 空手や柔道などの近接戦闘とは明らかに違う、武器術を取り入れたような動き。自分の記憶にある資料を思い出し、思い当たったのは『ダーティーボクシング』と呼ばれるスタイルだった。

 フィリピン武術でもあるカリやシラット、エスクリマ等で扱われる武器での戦いにボクシングで見せるような素手による拳闘術を融合させたものだという。ダーティーという部分で語られるよう、ボクシングにおいては反則とされるような掴み技が多く見られる。また、ここはボクシングでのデフォルトのルールが受け継がれているのか蹴り技が非常に少なく足払い程度にしか使われないという(足技は掴まれたら不利になるから……という理由だろうか?)。

 しばしその動きに見とれるよう、穂邑は言葉を奪われたように静止していたが――彼の動き方や癖に、何か強烈な『既視感』を覚えて仕方がないのだ。誰かを見ているような気持ちになったがその誰かが分からなくてモヤモヤした。
 その尻尾を掴む事は出来なさそうだが、何だろうか。その正体は……、考えあぐねているうちに次々ジョーの手によってゾンビが薙ぎ払われてゆく。

 ジョーは両脇二体のゾンビも手早く葬ると、塞がれていた通路がそれでようやく開けたらしい。

「あ……っ」

 修一が言葉を失っていると、ジョーは僅かに見えるその口許を動かして言った。

「何をしている。……早く行け」
「あ、あ、あ〜……っ!!」

 あまりに突然の事過ぎて的確な言葉が出ないでいる修一の横から、シノがひょいっと姿を覗かせた。

「おじさん、助けてくれたの……?」

 明らかに恐ろしい風貌のその相手にも、シノは純粋なのか肝が据わっているのか怯える事なく話しかける。――もっとも、助けてくれた相手に『恐ろしい風貌』だなんて失礼もいいところだが。





セカイノオワリにどう見ても
Itのペニー・ワイズみたいな奴が混ざってるよ! 怖い!

 
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