そのやり取りを黙って見つめていたシノが一歩前に出てきた。やや不安げな顔つきで、シノは穂邑の傷だらけになった顔を覗き込む。
「立てないの……? もう、一歩も?」
「……立てない事はないけど、予期せぬ事が起きたら対処しづらいな。お前らを巻き込んで死にたくはないからな、出来れば二人で先行ってくれると嬉しいんだけど……俺はもうちょい休んだら後から追いかけるからさ? 年寄りにはちと辛いんだよ、連戦ってのはさ」
子どもが相手となれば、その状態からでもちょっとばかり冗談を言える余裕も出てくるらしい。年長者としての意地かプライドか――が、修一の考えはそんな部分とは別のところにあった。
修一はぐっと拳を握りしめると、倒れ込む穂邑の腕を掴んで無理やりにでも起こそうとした。
「いぃ、イデデデ! あいたたた、ちょちょちょちょちょっと修一さん急に何すんですかそんな怪我人にぃッ!?」
「……意地でも連れてきます!」
「だ、だーからもう無理って言ってるでしょう、ちょ、いたた!」
「ば、馬鹿言わないで下さい!」
温厚だ温厚だ言われ続けうん十年。自分でもそれをハッキリと認めている修一であったが、まさかこんなにも声を荒げるなんて珍しい。そりゃあもう自分でも驚くくらいだったが、修一の言葉は意思ではもうどうにも止まらなかった。込み上げてくるそれは、半ば乱暴的なくらいの感情であった。
「い、いつもは道場であんなに厳しい先生じゃないですか! 人にも自分にもそうだ……試合でも自分より何倍もでっかい人に殴られたって泣き言一つ零さない先生じゃないですか!……足手まとい、って何ですかそれ……危険になるかもしれない、ってそんなの初めから知ってる事です……そんな事くらい分かってて俺は戻ってきたんですよ、ここに!」
「……」
「それに先生、道場での稽古中に俺が痛いからもう殴らないでって言っても全然やめてくれなかったじゃないですか! なのに自分が痛い時はやめてくれってそんなのヒドイじゃないですか!? 自分勝手です、自分勝手すぎますよ!」
「そ、それは鍛錬の話であって今とは状況が違いすぎ……」
「とにかく!!」
遮るように叫んでから、修一が息急ききったように続けた。
「お……俺は決めたんです。もう、見て見ぬふりなんかしない……もう絶対に怖くとも逃げないって……」
「え?」
修一が何か決意でも込めたような眼差しで言い切ると、一度、ほんの短い時間だけであったが目を閉じた。唇を引き結ぶと、再びのように目を開いて穂邑を見つめた。
「ここで貴方を見捨ててしまったら、俺は二度も大切な人から逃げてしまった事になる……あんな思いをするのはもう嫌だ。これは自分の問題だ。そうだ、俺の気持ちの……!」
「――……」
独り言のようであったが、修一は視線を何かの決心を固めるようそれからもう一度ぐっと拳を握りしめた。
「先生! もうしばらくの辛抱ですから……だから行きましょう、絶対にみんなの元へ」
普段のどちらかと言えばオットリとした彼からは想像もつかない、強い意志のこもった双眸。それに射抜かれるよう、穂邑は従うより他ないのだった。修一の本気を目の当たりにし弱音はもう言うまいと、穂邑は痛みを堪えて一歩踏み出した。
シノもバブも、二人より先を少し歩き始めるのであった。
見て見ぬふりってのはあれだね。
ナオさんの事だよね。
修一なりに責任感じてるんだろうなぁ。
でもナオはナオで今楽しそうにしてるけど……と思ったけど
よく考えたらあれはルーシーという存在なのでナオとはまた
別人として私は書いてるんだよな。
あ、そう思うとちょっと可哀想だな;;
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